今日も回り道

音楽グループの「空想委員会」とは何の関係もありません

やっと軌道に乗った

 私がブログを作る試みはこれで4度目くらいだと思うが、しかし今回やっと軌道に乗った感がある。やっとここまで来れたか……。

 今回の試みはこれまでのすべての試みを反面教師としている。具体的には

1.空想委員会日本本部と空想主義思想に代表される私の「よくわからないもの」も臆さずに公開すること

2.ブログ運営の目的を私自身の自己満足に絞り世の反響を一切期待しないこと(*1)

3.感情的にならず淡々と書くこと

以上の3点である。やはり私の問題点は常識的な部分と非常識的な部分とが密接に絡み合っていることであり、それ故に非常識な部分をそぎ落としてしまってはそれはもう出がらしの断片でしかなく、140字以上のことは語れなくなってしまうのである。Twitterではよく「政治的主張をするか否か」みたいなことが話題になるが、私にとっては「非常識なことを表に出すか出さないか」が重要なのだ。実際このブログは再構築以来家族以外からの反響をほとんど得ていないが、それでも私は過去最高に気分が良い。インターネットをやって気分が良いなどはじめてかもしれないレベルである。結局私にはフォロワー数やらRT数やらを追い求めることよりも、非常識と知りつつもどうしようもなく私の頭を支配しているこのもやもやを表に出すことこそが深層心理で真に渇望してきたことだったのだ。もうとても「よってらっしゃい見てらっしゃい」などと威勢のいい客引きなどできるものではなくなってしまったが、これで良いのだと心底思う。

 一方で淡々とした筆致であれば、下手に拡散されれば猛烈な批判に会いそうなものでも書いていこうと思っている。実際先日の「交通趣味と私」なんかはかなり炎上覚悟なところがある。もちろん実績は承知しているし実際世の「役に立っている」ことも理解しているが、しかし私にはどうしてもかの大御所氏でさえその言動には極めて大きな不快感を抱かざるを得ず、ネットのみならず対面で話したこともあるがとても共に仕事をしようなどとは思うことができなかった。これは氏も仰っていたことだが今の公共交通業界の問題点はとにかく「人手不足」であることで、それ故に特定の人物の存在感があまりにも大きくなりすぎてしまい、その中の中心人物はある種の「神格化」の域にまで達してしまっているところところがある。端的に言ってファシズムであり、風通しの悪いコミュニティの中でズブズブのなれ合いが発生し、それによって諸般の問題が引き起こされていると私は認識している。たとえばげんしんこさんが長く戦っておられる北陸新幹線米原ルート叩きも、結局はこの延長線上にあるものだろうと私には思われるのである。一方で彼らへの批判者達はあくまでも外野であるが故にそのような界隈の事情には無知であり、一般的な右翼・左翼の政治的エコーチェンバーとも共鳴する形で明後日の方向に批判を飛ばしており、それ故に先の記事で書いた「キツネと狸が化かし合い合戦をしながら底なし沼に沈んでいく」という状態になってしまったものと思う。そこから私が飛び出した目的は第一に私自身を守るためだが、第二の理由はやはり、「もう一つの交通論壇」を育てたいと思うからである。育てるも何もまだ種すら確保できておらず、私自身どうすれば良いのかは全くわからないが、まずは私が私の思うところを書いていこうと思う次第である。それが私が交通のより良い未来に対してできる、唯一の行動だろう。

 

*1 Twitterはすっかり対炎上モードになってしまっているため通知欄もまともに見ていない。今の通知はブログとは全く別件でげんしんこさんがRTして下さったものだろうからさっさと見れば良いことはわかっているのだけど……。

 

↑西暦2020年に日本に上陸した新型コロナウイルスは交通業界に未曾有の危機をもたらすことが当初より予測され、それ故に専門家集団により「交通問題について皆様から意見を募集します」と銘打った集まりが立ち上がったことは承知しているが、しかし界隈の現況を知る者としてとても私のTwitter交通系フォロワー諸氏をそんなところに送り込もうとも思うことができず、結局あの集まりのツイートはまだ存続していたTwitter旧アカウントでの拡散は見送らざるを得ないと判断した。あの集まりがその後どうなったかは承知していないが、結果として山陰本線亀岡~園部も毎時1本に減便され、「交通崩壊」は実際に起こったとしか思えない。こんなことはもう、繰り返してはならない。

 

・なぜこのブログは楽天アフィリエイトに登録されているのか

 話は変わるが、なぜこのブログには楽天アフィリエイトのリンクが貼ってあるのだろうか。最初に断言しておきたいのだが、私はこのブログに収入を求めているわけではない。収入が入るほど多くの読者を確保する気は全くない。そもそも楽天アフィリエイトは数あるアフィリエイトサービスの中でも「稼げない」方のサービスであり、その存在意義はただ「楽天IDを右から左に使うことができる」というだけのものでしかない。

silvercfd.com

 ではなぜこれが貼ってあるのか。それは端的に言って

 

貼ってみたかったから

 

である。私は最近ポイ活をやっているが、ポイ活というのは要は個人情報を売り渡して利益を得るものである。かつて貧乏人が体や子どもを売ったことを思えば(*2)情報など直接肉体が傷つくわけでもなく、実に世は進歩したものだと思うが、そうはいってもしかしやはり、個人情報を売り渡すことへの不安は私自身感じており、だから私はポイ活を他人に積極的に勧めるつもりはない。にもかかわらず私自身は継続しているのは、もちろん実利のためでもあるが、しかし一方で調査研究のつもりもあるのである。つまり自分の身で人体実験をしているのだ。そしてその延長線上でブログアフィリエイトにも興味はあるのである(苦笑)

 とはいってもポイ活が実利のためでもあるように、私のこのブログアフィリエイトもよあくば実利をという気持ちがあるのも事実である。ただそれは金持ちになってやろうとかそういう話ではなく、もっと切実な問題として、空想委員会の活動費をどう工面するかという問題があるのである。端的に言って空想委員会は金儲けができるような組織ではないが、しかし一方で空想委員会が自由を標榜する以上、パトロンをつけるわけにはいかないことは認識している。また空想委員会の問題点は活動目的が常識から外れているが故によくわからない活動のハコにされる懸念があることで、結局空想委員会は無理をしてでも活動費を自ら稼がなければならないのだ。

 

togetter.com

↑「空想委員会がハコにされるなんてそんなことがあるのか」と思う人が居るかもしれないが、世の中はよくわからないもので、この伝説の鉄道事業者「磐梯急行電鉄」はとっくに潰れて経営陣は紀州鉄道に移った後いずこかへ消え去ったはずだが、しかし鉄道趣味者のSY1698氏の調査でなぜか同名の【政治団体】が、1つのみならず複数設立されていることが判明している。一般には無名とはいえ鉄道趣味人には非常に有名な存在であり、またそんな鉄道はとっくに潰れたことなどGoogle検索でわかるレベルの話であり、SY1698氏自身「誰得」と言っておられるがまさにその通りである。余人には預かりしれぬ利用価値があるのだろうが、だからこそ空想委員会などハコにしようと思ったらひとたまりもないだろう。今はまだ無名だから良いがこれが有名になったら……音楽グループの方にも迷惑をかけるわけにもいかないし……。

 

 このことは組織図にも表れている。統合本部に「信用課」という組織があるが、これは一般的な企業であれば「会計課」となるべきものである。にもかかわらず金融機関を思わせる名前がついているのは、まさに空想委員会内部における金融機関として使うつもりがあるからである。一組織の財政管理部門が金融機関を名乗るのは手持ち資産(*3)を転がして収入を確保するためであり、空想委員会が自ら収益事業を行うことも想定されているわけである。そんなことまでしている以上多少でも収入の可能性があるものは試さざるを得ず、故にこのブログにはアフィリエイトリンクが貼ってあるのである。

 

*2 もちろんこれも現在でも続いていることも承知している

*3 んなもんないから困っているのだが

 

 なお今まで貼ってきたアフィリエイトリンクはすべて書籍のものだが、これが実はアフィリエイトリンク第3の目的によるもので、それは「私が読んだ本の著者への恩返し」というものである。多くの読書人がそうであるように、私も本は古本で買うことも多く、また新刊で買ったとしても私が買えるのはたったの1冊であり、多大な福利を得ておきながら著者の生活にはほとんど貢献できないことに前々から歯がゆさを感じていた。また一方で本屋に行けばとても良書とは言えない本がベストセラーコーナーに平積みにされており、それに対して私が良書だと思う本は版を重ねることもなく書棚の片隅に追いやられていることも多く、なんとかならないものかとこれも前々から思っていた。そこで私のブログから楽天ブックスにリンクを貼ることにより、私も多少は良書の普及、実売部数の上乗せに貢献したいと思った次第である。楽天ブックスでは街の本屋の商売敵ではないか、と思う人も居るだろうが、これは私も最近知ったのだけど、楽天楽天ブックスの運営に当たって「楽天ブックスネットワーク」という取次業者を傘下に収めており、そしてこれがなんとかつての大阪屋栗田なのだそうだ。丸善ジュンク堂との取引は終わってしまったようだが、それでも今でも街の書店への取次事業も続けているようだし、またその丸善ジュンク堂含め今時の新刊書店は楽天ポイントカードに加盟している場合も多いことであるしで、必ずしも商売敵とも言えないのではないかとも思った次第である。

 

http://www.rakuten-booksnetwork.co.jp/

 

 Amazonと違って楽天ブックスならばSPUが発動して多数のポイントを獲得できるし、あまり告知されていないがANAマイルも貯まるしで、定価販売が原則である新刊書籍もこれならば相当安く購入できる。実店舗だECだと店舗形態にこだわるよりも、このようなものも使ってまずは読書人口を拡大していくことが昨今の活字離れに対する有効な処方箋の一つではないか、とも思うのである。そんなわけで私は楽天ブックスにリンクを貼ることにしたわけだ。

 

books.rakuten.co.jp

 

 今後は本以外にも楽天アフィリエイトが取り扱う限りはリンクを貼っていこうかと思うが、しかしこのブログの第一義は「公開ブログの目的」で語った通りであり収益化は二の次三の次でしかないことはご理解いただきたい。

 

・終わりに

 

 常識外れのことを書き連ねながらアフィリエイトリンクが貼ってあるブログなどまるでビジネス陰謀論者のようだが、しかしこれはそうではなく、ただ私が世と自己に真摯に向き合った結果でしかない。それを公開するか否かを問わず空想委員会は常に私と共にあり、空想主義思想は常に私の頭の中に居座っている。別にこれを他者に押し付けるつもりもない。ただ私はこういう人間なのだということを公言し、その上で真に思うことを語ってゆく。それが結局は最も災禍なく、最も世に貢献できる形で私がこの世に存在することのできる形なのだと、今はただそう思う。そしてそれでもなお私と共にあろうとする者が居るとするならば、私はその者と共に活動したいと思う。

 

(委・委員長)

プラレールサイトの思い出と「プラレール資料館」と

↑今日はTwitterで突然こんな話をはじめてしまったからプラレールサイトの思い出を語ろう

 

 鉄道が好きになってしまった多くの少年(*1)がそうであるように、私もプラレールをやっていたというか今でも持っているのだが、私がプラレールの本来の対象年齢であった西暦2000年代はプラレールが子供だましのおもちゃからリアル志向の準鉄道模型へと飛躍した頃であり、あの頃は極めて魅力的な新商品がどんどん世に送り出されたときだった(*2)。私も毎月の新商品情報が楽しみで仕方なかったが、しかし財力無き子どもの身分ではプラレールなどまともに買うこともできず、またたとえ買い揃えたとしても広げる場所にも限界があり(*3)、私は次第に覚えたてのインターネットでプラレールコレクターの記事を読み漁る方がメインになっていった(*4)。とはいえそのころ既にインターネットはSNSの時代が到来しつつあり、私が見ていた頃はまだすみかわ氏の「プラレール博物館」がかろうじて更新されていたが、その他のサイトはほぼ更新されることもなく、代わり映えしない内容に正直飽きてしまった。そしてちょうどそのころヨッキれん氏の「山さ行がねが」と出会い、その更新の頻繁さに感動して(*5)そちらの方を良く読むようになり、プラレールサイトからは足が遠のいてしまったのである。

 

www2u.biglobe.ne.jp

↑サイト「プラレール博物館」は今でも残るが、私が見ていた頃から更新が停まったままである。しかしなぜ文字化けしてしまうんだ……。

 

*1 私の言う「少年」は基本的に法律用語での少年であるため、一般的な言葉で言う「少女」もこれに含まれる

*2 こう書くと今はそうでもないようだが、決してそんなことはなくむしろ今たまにおもちゃ売り場を覗くと「今どきはこんなのも一般販売で製品化されるのか」と私でも驚いてしまうくらいだ。しかし原料費高騰と少子化プラレールもキャラクターシリーズの早期終了などいよいよ暗雲が立ち込め始めたか……とも正直思うこともある

*3 これは家が狭いと言っているのではなく、プラレールワールドが巨大になりすぎなのである。いっぱいつなごうシリーズとかまともに走らせようと思ったら現代の子育て世代の多くが住むだろうマンションの一室では到底収まらないと思うだけど実際皆さんどうしておられるのだろう……。

*4 そもそもそんなサイトの存在を知ったのは、たまたま親に買ってもらった本「プラレールのすべて2」を読んだからである。私がインターネットを使うようになったのはその本の出版からかなり経ってからの話ではあるが。なお「プラレールのすべて」シリーズは全3巻をこれも今でも保有している。その昔はこれも何度も読んだものだ。

*5 ……最初はそんな理由だったんだよな(苦笑)

 

 そんなわけで私は他人の記事を読んだだけではあるけれど、一応プラレールの歴史についてはそれなりに詳しいつもりではある。また一部にはプラレールの改造という文化が存在することも知識としては知っている。とはいうもののプラレールコレクターのサイトはほとんど更新が止まってしまい、「プラレールのすべて」も出版から年数が経ち、プラレールの改造は今でもブログやSNSに作例を発表されている方々がいらっしゃることは承知していたが、しかしプラレールコミュニティはそんな個々のブログやSNSだけで構成された小宇宙へと分散していき、プラレールの歴史も次第に散逸していくのだろうか……と勝手に思っていたのだが、なんとここにきて再びプラレールの歴史をまとめ始めた方がいらっしゃるのだから人間の知の欲求は侮れないものがあるなと思うのである(笑)それがなゆほ氏の「プラレール資料館」である。

 

parlorfleur-pm.com

 

 氏の動きについては同人誌「いなかの駅」の発行などを断片的に耳に挟んではいたが、「プラレール資料館」をまともに読むのはつい先日のことになってしまった。いやしかし、もうこれはまさに「あの頃」の熱量が戻ってきたようで、プラレールコレクター達の「その後」の研究成果の発表も相まって私自身興奮しっぱなしであった(笑)何より「おお」と思わざるを得ないのはあの「おもちゃちゃちゃ茶」の茶氏が協力者に名を連ねておられることで、なんというかご健在であられたかと勝手に灌漑に浸っているところである。

 

nayuho.hatenablog.jp

↑なゆほ氏曰く1年前ほど前まではまだ「おもちゃのちゃちゃ茶」もアクセスはできたようだ。しかし私自身茶氏の消息をこのような形で知ることになるとは思わなかった(笑)

 

parlorfleur-pm.com

↑「プラレール資料館」の魅力は何と言ってもプラレール博物館閉館後のプラレールコレクター達の研究成果を垣間見ることができること。すみかわ氏がついにたどり着けなかったプラ電動ハイウェイバスの箱をまさか拝むことができるようになろうとは

 

parlorfleur-pm.com

↑また面白いのはかつてのプラレールサイトのパロディがそこかしこに現れることだ。執筆者が変わっているあたりE653系国鉄色を使ったリバイバル運転を見るかのようである。

 

 とはいうものの、なゆほ氏も仰るように昔の個人サイトはどんどん消えてなくなっているのが現状だ。この機会に私がかつて見ていたプラレールサイトも一通り確認したが、意外とまだ残っているサイトも多かったものの、しかし関門とんねる氏の「東京電池鉄道」が消えているのは私としても非常に残念でならない。電池鉄道グループは埼玉電池鉄道、三重電池鉄道(*6)が健在であり、また群馬電池鉄道もできているようだったが、しかしグループの総帥たる東京電池鉄道がなくなってしまったのでは「電池鉄道」の名も単なる個人サイト名でしかなくなってしまう。SNSはどんどん情報が消えてしまうしどうしたものかと思うが、しかし一方で今Twitterが混乱していることもあり、SNSを見限ってブログの世界に移行しようとしている私のような動きが今後広まることを期待したい。

 一方でこんなサイトを見ていると私もプラレールに復帰したくなる(笑)昔そろえた車両は皆レストアが必要だろうが、今度こそかつてなしえなかった複線化・長編成化をやりたいものだ。私もそろそろ健康に対価が必要な年頃に入りつつあり、また可処分所得の投入先は旅と本がメインにならざるを得ないが、しかし家電量販店で現行品の安売りを買ってくるだけでも良いから、トミカ共々どうにか復帰できないかと思う。

 

*6 三重電池鉄道は今でも更新が続いている。また今はTwitterもやっておられるようだ。こちらも感慨深い

 

 最後になったが、なゆほ氏と「プラレール資料館」の末永い活躍を私も陰ながら期待しております。

 

(委・委員長)

放出駅に思う

片町線は高校時代に乗ったことがあったが、JR東西線おおさか東線はこの2月以来の京都移転でようやく初乗車となった。高校時代は「乗りつぶしを目標としない交通趣味」を模索していたため乗車区間にムラがありすぎるのである(涙)

↑今日はその中でも放出駅のお話。しかしこの漢字絶対読めんよな(苦笑)

 

 11/27の夕方、私は片町線に乗っていたのであるが、放出駅停車中に対抗側ホームを眺めていたらちょうど貨物列車が通過していった。それは良いのだが少し気になったのが旅客ホームを通過していったことで、確かにJR線は国鉄末期以来の貨物輸送の衰退で貨物輸送に投資が行われておらず、それにより名古屋駅ですら貨物列車が旅客ホームを通過していく状態が続いてしまっているわけであるが、しかしさすがに大阪駅に貨物列車は来ないし(*1)、京都駅だって通過線を通過していくはずであって、だから大阪市内の主要駅と認識している放出駅で旅客ホームを貨物列車が通過していくというのは意外なことであるように思ったわけである。もちろんこうなる理由はおおさか東線が元々城東貨物線だったからなわけだが、ここで少し気になったのがおおさか東線ができる前の片町線放出~鴫野はどういう状態だったのか、ということだ。

 

*1 もちろん梅田貨物線が正式には大阪駅を通過していることになっているのは承知している

 

 配線図を調べるとなると、私も一時期は川島令三氏の「東海道ライン」を買い集めた時代もあったけど、あのシリーズは手放してしまったしそもそも今回は過去からの変遷が気になるわけで、そうなるとあてになるのは何と言ってもf54560zg氏が運営するブログ「懐かしい駅の風景」だ。

senrohaisenzu.cocolog-nifty.com

 このブログの存在を知ったのはとはずがたり氏の「日本の鉄道輸送と物流」からリンクが貼られていたからなのだが、それはともかく、片町線は確かあったよなと思うとやっぱりあったあった。

放出 1978/3/14: 懐かしい駅の風景~線路配線図とともに

放出 1992/3/28: 懐かしい駅の風景~線路配線図とともに

片町~鴫野 1978/3/14: 懐かしい駅の風景~線路配線図とともに

片町線配線図 その4(放出~鴫野): 懐かしい駅の風景~線路配線図とともに

 いやあ猛烈に面白い(笑)このブログはどの記事も面白いなんて陳腐な言葉で現すのが憚られるほどに面白いのだが、それはさておきこの配線図を見ていて今回3つの発見があった。

1.かつては放出駅にも貨物列車用の設備があった

2.城東貨物線時代の放出~鴫野は片町線と複線を共有していた

3.現在の放出駅には旅客ホームに面した線路しかない。

 放出~鴫野が複々線になったのはおおさか東線開業時であることは何となく知っていたが、しかし片町線の旧国電区間(長尾~片町)はかなり昔から頻発運転をやっていた区間なわけであって、城東貨物線も昔は本数多かっただろうによく複線でさばいていたな……などと思ってしまった。まあ城東貨物線自体は長らく単線だったわけだし、路線の戸籍上も正式には片町線の一部だったわけだからそう驚くような話でもないのだが(*2)、ただ国鉄時代の線路設備は特に本線関係はその当時の列車本数と輸送需要を考えると意外なほどに貧弱である場合が多く、運行整理とか保線とかどうやっていたんだろうかとJRしか知らない人間としては思ってしまうところがある。

 

*2 城東貨物線はおおさか東線になることによって片町線から分離独立したという認識なのだが、しかし今でも貨物専用区間はあるし、放出~鴫野は並走しているわけで、実際JR西日本社内ではこの辺どうやって処理されているのだろうか、とは少し思うところ

 

 それに対して今は放出~鴫野は複々線になったわけだが、一方で放出駅の寂しくなったこと寂しくなったこと(号泣)JRになった今は本線関係については少なくとも旅客列車の走る路線においてはそれなりに整備されてきたわけだが、一方で国鉄時代とは逆に駅構内が簡素になる傾向にあるよな、とよく思う。「懐かしい駅の風景」のコメント欄によれば国鉄時代の大阪外環状線計画では放出駅は片町線大阪外環状線にそれぞれ2面3線が割り当てられ(*3)、さらに貨物列車の通過線も設置されるはずだったのだそうで、それに比べると現在の配線は片町線快速からおおさか東線(←大阪外環状線)に乗り継ぎやすくなったのは良いものの、貨物通過線がなくなったあたりに貨物輸送の衰退を実感させられるわけである。しかし一方で東海道本線梅田駅の廃止代替として関西本線百済駅の貨物扱い能力が増強されたはずだが、そして百済駅に向かう唯一の貨物ルートが他ならぬおおさか東線のはずだが、それでも放出駅に貨物通過線が整備されないのか……と思ってしまう。まあJRとしては駅設備なんていう「金にならないもの」は極力簡素にして、浮いた土地を「駅近物件」として不動産市場に売り出した方が収入になることは私にもよくわかるのだが、しかし駅設備の簡素化はダイヤの乱れへの対応能力を低下させるなど列車運行に悪影響を及ぼすわけで、なんともやるせない気持ちになってしまうところである。

 

*3 ここで2面4線の電鉄型退避駅にならないところがなんとも国鉄(苦笑)

 

おおさか東線の終点、久宝寺駅関西本線との分岐合流駅でありながら今や2面4線。この設備でおおさか東線の折り返しと関西本線大和路快速対普通の退避を行うものだから何とも忙しい駅になってしまっており、大和路快速があえて待避線(兼おおさか東線ホーム)に入るなど工夫しているがそれでもダイヤが少しでも乱れると場外待機が起こってしまう。かつては竜華操車場を併設し広大な敷地面積を誇ったはずだが、その土地はことごとく売り払われタワマン(→画像に映っているものがそれ)やら何やらになってしまい、鉄道はその片隅の狭苦しい土地に押し込まれている。なんだかなぁ……。

 

・最後に この記事は何なのか

 堅苦しい話が続いたため、今日は私が普段交通趣味者としてどんな活動をしているのかまとめてみた次第。長らく私は140字の世界に居たが、あの背後にはこんな140字に収まらない諸々があったわけである。このブログでは感情的な文章は書かずどんな内容でも淡々とやっていこうと思っているが、一方で内容は色々なことを書いていこうとも思っている。Twitterイーロン・マスク氏による買収でどうなるかわからないし、はてなブログはちょうど良い移転先にできるのではないかと思う。

 

 しかし昨日の片町線乗車ではもう一つ謎が浮かび上がってしまって、それは

「なぜ星田駅に快速が停まるのか」

ということ。最初はまあ大阪空港行きリムジンバスも発着するようになった駅だしこの辺の拠点なんだろうな……と思っていたがよくよく考えたらリムジンバスが発着するのは津田駅だし(汗)、この辺の拠点と言ったって河内磐船駅との連続停車になってしまっているしで、とりあえずネット検索をかけてみてもよくわからなかった。片町線はもう何度も乗っているがそれでも謎は思い浮かぶものである。

 

(委・委員長)

あら

kazetosoratokumo.hateblo.jp

↑この記事でリンクを貼らせてもらった和歌山大学の研究室のページが突如閉鎖されていることに気付いた。まあ本来はこのページではなくて池谷裕二氏の「進化しすぎた脳」を私自身買って読んでそちらからの引用にすべきだとは思っていたが……。

 ただこちらは今の私の主要な関心事からは離れるため今買って読もうという気にはならないのよね(苦笑)

 

(委・委員長)

* この記事は楽天アフィリエイトを使用しております。そもそもこのブログにアフィリエイトリンクが張ってある理由はいずれ語ろうと思っておりますがこの記事の場合は池谷氏へのせめてもの償いのようなものであります(汗)

八木で暮らすということ

↑私は西暦2022年2月以降京都府南丹市八木町に滞在している。平成の大合併以前から「町」だった自治体の中心市街地を「田舎」と言ってしまって良いのかどうかは正直戸惑うところもあるのだが、しかし人口200万人を超える名古屋市と比べれば京都府第二位の面積を持ちながら全市でも人口3万人しかいない南丹市は紛れもなく田舎であり、また本市は総務省により過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法第3条・41条に定める「みなし過疎地域」に指定されている

 

↑私が27年間住み続け、今でも住民票を置く実家の最寄り駅は鶴舞駅。同駅を毎時5分に通過していく特急「しなの」が私を鉄道趣味者に育て上げたと言っても過言ではない

 

 

 私はもう27歳になるが、この長い人生の中において私の暮らした場所は2か所しかない。それは「八木」と「鶴舞」である。「八木」は京都府南丹市八木町のことであり、「鶴舞」は愛知県名古屋市中央本線鶴舞駅周辺のことである。方や全市でも3万人しか済まないみなし過疎地域、方や人口200万人を数える大都市の中心部である。過ごした時間は鶴舞の方が圧倒的に長いため私は明らかに都会の方が住む場所としては慣れており、今でも京都市内に行くとその都会ぶりが落ち着くというところもあるのだが、しかしだからと言って鶴舞に帰りたいとは正直全く思っていない。いったいどういうことなのだろうか。

 

・八木の魅力

 八木の魅力として私が真っ先に挙げたいのは「夜の静けさ」だ。この記事自体真夜中に書いているが、山陰本線の終電が終わってしまうと聞こえてくる音はたまに通る車の音くらいである。まるでこの世界が私一人だけのものになってしまったかのようだ。

 鶴舞はそうではなかった。そもそも都会というものは、何もなくても「ゴーッ」というような雑音が四六時中聞こえて来るところである。また鶴舞は正直高級住宅地というわけでもなく、駅前には平然とゴミが捨ててあるような治安が良いとは胸を張って言えないところである。深夜になれば連日のようにパトカーのサイレンが聞こえ、甚だしいときには何者かの喚き声やら対応する警察官の叫び声が聞こえるようなところである。強毒性とされた新型コロナウイルスデルタ株が蔓延し医療崩壊が起こった西暦2021年8月には私も昼間の外出を自粛して深夜に散歩していたときがあったが、警察官の姿を見ない日はなかった。頼もしいと言えば頼もしいのだが、しかしあの物々しさはどうにからないものかと思ったものである。

 そんなところに27年間も住み続けた私としては八木はまさに別世界である。最初にここに来たのは西暦2019年の夏であり、正直あのときは田舎に慣れておらず山陰本線京都市内に繰り出しては

「ああ……ここはあの名古屋と地続きの世界なんだ……」

とかなんとか言い聞かせているような状態だったが(*1)、次第に慣れ、三度目の滞在となる現在はこんなにも長居するとは自分でも思っていなかったほどに長居してしまっている。

 交通趣味とはいささか矛盾するようにも思うのだが、私は人混みが嫌いである。だから正直パンデミックは私の時代が来たというようなところがある。それはともかく、八木は夜はもちろんのこと昼間でも鶴舞に比べたら圧倒的に人がおらず、道端のベンチは座り放題である。こんなところもまともに座ろうと思ったらスターバックスを探さなければならない名古屋とは大違いだ。正直投資効率という意味では非常に悪いのだろうし、やがて何もかも立ち行かなくなってゆくのだろうとは思えてならない(*2)のだが、ともあれ今はこの過疎っぷりを満喫したいと思う。

↑広大な八木の空は夕方には見事な夕焼けを見せ、また夜にはすばる(プレアデス星団)を街中からも肉眼で見ることができる

 

*1 あの頃の山陰本線はまさに銀河鉄道か何かのように思ったものである。保津峡の向こうとこちらは現世と黄泉の国のようであった

*2 このまま人口減少が続けば、八木は桂川の河川敷に戻していくべき場所だろうと思う。そうなってもなお山陰本線が存続していたら亀岡の次は園部くらいになるのだろう

 

・八木の「都会ぶり」について

 とはいえ八木はあくまでも平成の大合併以前から「町」の規模ではあった自治体の中心市街地であり、今ではスカスカと言わざるを得ない八木商店街も大昔にはまともに歩けないほどに賑わった過去を持つくらいには「都会」でもある。正直田舎暮らしとしては入門お試し編のようなものだろうが、しかしだからこそここには都会での生活に慣れた人間でも暮らしていける環境が備わっているように思う。私自身京都市より大規模な都市にはもう住みたいとも思わない(*3)が、一方で八木より田舎な場所にはとても住めないとも思う。

 何より重要なのは、八木にはスーパーとコンビニがあることである。スーパーは亀岡市に本社を置くマツモトが八木店を毎日9時~21時まで営業しており、またコンビニはファミリーマート南丹八木町店が24時間営業を行っている。この2つは文字通りの生命線であり、実は11/17~12/1の予定でファミリーマート南丹八木町店が改装工事のため休業中なのだが、まあこのくらいなら何とか持ちこたえることはできるがしかしファミリーマートは八木に不可欠だと心底思っているところである。3大チェーンの中でもファミリーマートは3大共通ポイントに対応しており(*4)、またセルフレジの導入に熱心なのもありがたいところだ。そして何より重要なのはこの2つがあるからこそ八木にも価格競争が発生するところであり、面白いのは競合の少ないマツモトはスーパーの中では値段設定が高めであるためポイント還元を考慮せずともファミリーマートの方が安くなる場合があることである(*5)。一方でマツモトは毎週月曜日の10%割引、PayPayの導入が非常に助かっており、またなぜか豆腐は京都市内のイオンより安い。

 またもう一つ重要なのはやはり公共交通機関の存在であり、JR西日本山陰本線は西暦2022年3月のダイヤ改正で昼間毎時1本にまで減便されてしまったが、しかし京都駅まで乗り換えなしで30分の利便性はなお健在である。また1日1.5往復ではあるが亀岡駅までは京阪京都交通国道線【3】も走っている。マイカーはなくとも十分生活できる。

↑八木の生命線は何と言っても山陰本線。転換クロスシート車であることもポイントが高い。なお画像は先の改正で廃止された昼間の普通列車

↑国道線は本数希少だが、ガレリアかめおか周辺に直行できる利便性と利用者の少なさが魅力。また唯一の亀岡行きである国道八木14時55分発は山陰本線の減便を補う時刻設定でもある

↑その他八木には京阪京都交通神吉線【41・43(B)】が駅前に発着する。廃止が取りざたされているが本数は意外と多い

 

 総じて基本的なインフラは整っていると言える。

 

*3 活動拠点としてワンルームマンションを別荘にするくらいが関の山かと思う

*4 そこを評価している者としては三井住友カード(NL)の5%還元特約店離脱は大変残念なところである。そもそも独自電子マネー偏重はかつてセブンイレブンが失敗した道であり、ファミリーマートも同様の轍を踏むことになるのではないかと思わざるを得ない

*5 代表的なのがカップ麺で、マツモトはその時々の特売品以外はファミリーマートより値段が高い。だからたとえばマツモトの特売品がラーメンのときにそばを食べたいと思うとファミリーマートの方が安いのである。そのほか弁当など即食品もパックの総菜以外ファミリーマートの方が基本的に安くて質が高い。なお八木には肉屋(福常精肉店)も存在し、揚げたての揚げ物が欲しい場合はそちらも選択肢に入る

 

・八木暮らしの問題点

 田舎暮らし全般に言えることだと思うが、移動が苦になるようならばここで暮らすのはまず無理と言って良いだろう。私は交通趣味者ということもあり京都駅まで転換クロスシート車で30分というのは万々歳の利便性なのだが、そうでもない方は実際いるだろうとは思う。また山陰本線パンデミック以後全般的に減便されており、ラッシュ時も最長で8両までで4両が来ることも多いため主に亀岡駅から先、特に京都市区間は非常に混雑する。乗る車両を選ぶことができ(*6)クロスシートの相席ができればラッシュ時でも座れることも多い(*7)が、それを許容できるかどうか。

 ただ一方で通販は届くし生活必需品はファミリーマートとマツモトで揃うため、引きこもり生活ができるのならばこの上ない環境であると言って良いだろう。かつて2ちゃんねる山梨県北都留郡小菅村を引きこもりオタクの村にするという構想が持ち上がったことがあるらしいが、奥多摩駅からさらにバスに乗るような山村よりは八木の方がよほどその任に適していると言える。なおアニメイトらしんばんは京都駅前のアバンティにあり山陰本線で行くことができる。メロンブックスは寺町なのが少々難点。またその場合の難点はマツモトの米の値段が高いことで、商店街の米屋を使えば安く手に入るのかもしれないが、私は10日置きに5Kgの米を京都市内・亀岡市内から八木に運び入れている。

 

*6 太秦駅以南から乗る場合は園部寄り、以北のみを利用する場合は京都寄りの先頭車が空いている

*7 毎時1本の時間帯はむしろ亀岡~園部の方が座れないこともある

 

・終わりに

 鶴舞に居た頃は徒歩5分以内にセブンイレブンもローソンもあり、しかしコンビニは物価が高いためなるべく避けるのが鉄則という暮らしを送っていたわけだが、今から思うとあの「利便性」はいったい何だったのだろうかと思う。どこでも歩いていけるし交通費はとにかくかからなかったが、しかし都会というのは住む場所ではなく、活動のために一時的に滞在する場所だと強く思う。

 「交通趣味と私」の次にこの記事を持ってきた理由はもちろん、八木と鶴舞で暮らしたことが私の国土交通政策論の根幹を形成しているからだ。地方創生というのは何より八木のような都会に隣接する田舎こそがそのメインとなるべきものであり、そして理想的にはこの都会――田舎という構造を全国に広めていくことがあるべき国土政策というものだと実に思う。都会のない場所には都会を作り、全国すべての地点を都会とその郊外にしていく――もし日本がこれから復活することがあるのならば、その国土はまさにそうあるべきであると思う。

 

 過疎っぷりに魅力を覚える者としてはいささか矛盾しているとも言えるが、しかし私は八木の人口は今後増えてほしいと思っている。ここまでに上手く盛り込めなかったため言及してこなかったが、気候面でも八木は京都市内と比較して気温が低く、夏場はエアコンの稼働時間を短くすることができる。そしてこちらは繰り返しになるがここから都会まで公共交通機関で繰り出すことができる。そうした場所に人々が暮らすことが、低炭素化が求められるこれからの時代には相応しいはずだと心底思う。

 

・補稿 私と御器所

 私が名古屋で暮らしていた場所は鶴舞なわけだが、私にとって徒歩30分までは徒歩圏内であるため御器所は徒歩圏内だということになる。とはいえそれだけと言えばそれだけであり、私にとって御器所とは西友なか卯油そば屋があるところであるためとはずがたりさんから頂いたリプは正直何一つとしてわからなかった(涙)富士温泉、パル、こもれび書房くらいはどこかで目にしたこともあるような気がするのだが……。

www.kosho.or.jp

↑検索してみたらこもれび書房はどうやら一度本を買ったことがある店であることがわかった。ただ「おおこんなところに古本屋が」と思って1度入ったことがあるだけだから語れるようなことは特になく(汗)あと炎の国屋も前を通ったことは何度もあることはわかった。

 

 とはいえ私にとって御器所は家で空腹を覚えたときに歩いて出掛ける外食先候補の1つだったことは確かであり、私の生活圏内であったことは紛れもなく事実である。

 

(委・委員長)

交通趣味と私

↑西暦2022年はほとんどを京都府南丹市八木町で過ごすこととなった。今の私の交通趣味者としての本拠地はJR西日本山陰本線であると言える

 

↑時刻表通りに動く乗り物は私の交通趣味の対象であるから路線バスも重要な趣味対象である。亀岡盆地内は京阪京都交通が多数の路線を持つ

 

↑一方で公的には今でも名古屋市民。名古屋ではJR東海中央本線が私のホームとなる

 

 ここまでこのブログでは謎の記事を書き連ねてきたが、しかし私のあらゆる活動は結局のところ趣味の遂行というところに行き着く。私にとって趣味は心臓の鼓動と同じであり、生きる意味とかそういうレベルを超えて私の人生それそのものであると言える。

 

・「推し活」がわからない

 さて趣味と言えば、最近そこかしこで目にするのが「推し活」という言葉である。私は基本的に他人というものに関心はないため別にどうでも良いと言えばどうでも良いのであり、推し活が人生を豊かにするのならば大いにやれば良いとしか思わない。それを大前提としてしかし言わせて頂きたいのだが、私にはどうも「推し活」という概念がよくわからない。

 

 「○○活」という言葉は、私は「必要であるがしかし放置すれば自然には行わない行動を意思の力で行う」という、どちらかと言えばマイナスのイメージを持った言葉だと思っている。私が昨今よく使うのが「ポイ活」であるが、私はポイ活には大いに助けられているし、それもまた一つの趣味のようなものになっていることも事実ではあるが、しかしそうは言ってもやはり、私にとってもポイ活は面倒なものでもある。だから「ポイ活」と言っているのであり、これは「朝活」「就活」「終活」なども同じであろう。

 そこに出てきたのが「推し活」である。一般に趣味とはそんなに面倒なものなのだろうか。いやそういう意味ではないことはわかってはいるつもりではあるのだけど、語感からはしかしそんなことを思ってしまうのである。

 調べていないからこれは完全な推測になってしまうのだけど、おそらく推し活という言葉はアイドルの追っかけとかそういう方面から出てきた言葉なのだろう。私の本拠地たる鉄道趣味とはそもそもあまり縁のない言葉だと認識しているが、しかし鉄道趣味者にも推し活という言葉を使う者は居る。ただこれはいささか極端な事例ではあるとは思うが、私が見た推し活という言葉を使う鉄道趣味者は「鉄道趣味を辞める」と公言し、鉄道趣味なんかやるなとブログやTwitterに書き連ねているというある意味不思議な人物であった。まあいわゆる「かまってちゃん」なのだろうし、そんな者は無視するに限ることはわかっているのだけど、それはともかくとしてその人物の主張を見てみたところ、彼は元々夜行列車が好きだったらしい。そして図書館に通っては全国の交通流動を調べ、日本唯一の定期夜行列車となったサンライズエクスプレスに何度も私財をはたいては「乗り支え」、そしてインターネット上で「夜行列車を大々的に復活させるべきである」という主張をするなどといった「推し活」をしてきたのだそうだ。しかし世の中は動かなかった。なんだこの野郎こんな趣味辞めてやるみんなもこんな趣味やるなよ絶対やるなよ……。私は思った。

 

 なぜこの人物はこんな疲れることをやっているのか?

 

 いやまあ私も人間は愚行をする権利もあると思っているため本当にどうでもよいのだが、しかし趣味とはいつから世の中を動かさなければならないものになったのだろうか。またなぜ自らの主張がそんなにも絶対的に正しいと信じ込むことができるのだろうか。あらゆる意味において私とは対極にある人物であり、だからこそ一生関わることもないだろうしそういう意味では本当にどうでもよいのだが、しかし確かにそういう風潮もまたあるようにも思う。

 

 Twitterを今のアカウントに移行する前のアカウントでは私も多数のフォロワーを擁し、特に交通関連ではその筋の専門家ともある程度の交流を持つまでにはなっていたが、しかしあの交通趣味者・専門家集団の中に属していて辟易したのは、あの業界では「世の中の役に立つ」ということが至上の価値を持つとされていたことである。それ自体は結構なことではあるが、しかし問題は連中の言う「役に立つ」とはつまり、「自らの見解を世の中にゴリ押しすること」でしかないことだ。彼らは自らの見解が中立公正で客観的な唯一の解であると信じ込んでいるため、その見解を普及させることが「世の中の役に立つこと」であり、それに反することは「役に立たないこと」だということになるのである。端的に言って、私は思った。

 

 なるほど、だから日本の公共交通は衰退していくのか

 

と。

 

 「魚は頭から腐る」という言葉があるが、衰退する業界の学者やコンサルの主張を見聞きすると確かにそうだと思うことがある。そして残念なことに、私の愛する鉄道をはじめとする公共交通業界はまさにその頭から腐った業界だと思う。絶望的なのは彼らに対する批判者もまた自らの見解が中立公正で客観的な唯一の解であると信じ込んでいるという意味において同じ穴の狢でしかないことで、私にはもはやキツネと狸が化かし合い合戦をしながら底なし沼に沈んでいく様を見せつけられているようだとしか思えない。だから私はあの業界から距離を置くことにした次第である。そして私自身は一趣味者として、別に世の中は動かさないだろうがしかし空想委員会日本本部に建設局を設置するくらいにはかかわっていきたいものだと思っている。

 

 

・国土交通政策の民主化

 私の趣味はそのような形で良いとしても、しかしながら当たり前の話として、交通機関は人々の生活に欠かせないものであり、それに関わる専門家集団の現況がどうあれそれが無茶苦茶な状態では困るものである。これからもこの日本列島で生きなければならない一人の人間として、交通問題はどのようにしていったらよいのだろうか。

 

 それはもう端的に言って、国土交通政策の民主化を進めるしかないと思う。

 

 そもそも国土交通政策に限らず、私は日本はこれからどんどん民主化していくしかないと思っている。第二次世界大戦の敗北による大日本帝国の崩壊と今のこの戦後日本の衰退は、共に明治維新以来の「愚昧化させた物言わぬ民衆の中央集権統治」という近代日本の統治システムそのものの限界を2度にわたって露呈させたものだと思う。近代日本が飛躍的に成長を遂げた時代=明治期と高度経済成長期は共に人々が学び、科学的思考(≒空想主義的思考)を導入し、そして活発にモノを言った時代でもあった。それに対して近代日本が傾き滅んで行った時代=昭和維新期(第二次世界大戦期)と平成以後は共に通俗道徳の浸透と官僚支配の完成、そして日本の伝統を守るという美名の下に虚構の歴史観が蔓延しその集団幻覚に人々が酔いしれた、まさに現実主義の時代であると総括できるだろう。結局国家というものは事実主義によって成長し、現実主義によって滅ぼされるものなのだ。それは日本においても例外ではないのである。受け入れがたい人が多いだろうが、私は多文化共生主義などというものは誤った思想だと思っている。伝統は博物館の中、歴史書の中にいち早く収容すべきものであり、文化は常に変化していくものである。そして人類の明るい未来は科学的思考に基づく近代化の中にしかない。それはもう、宿命のようなものだと私は思っている。そして国土交通政策もまた、あるべき未来はその中にしかないのだろうと思う。

 

↑西欧が近代そのものかと言えばそんなことはないが、しかし近代化を西欧化だなどといって否定し抵抗する集団に与えられるのはただ滅亡のみだろう。

 

↑そして何より、地域公共交通の再生には沿線住民のアイデアと主体的参与が不可欠であることはこの分野の研究者自身がそう主張しているということは強調してもし足りることのない事実である。今なお鉄道の存廃などの交通問題は事業者と自治体が決めることで沿線住民は口を出すななど言っている連中も居るが、それは私が極めて批判的に見ている専門家集団の見解にも満たない何かでしかない。

 

 では国土交通政策の民主化とは具体的にどういうことか。それはもう人々があるべき交通、あるべき国土の姿を自由に語り合うことから始めるしかないだろう。鉄道趣味用語で言えば実在地系架鉄をやりまくることである。それは「のりもの進化論」で松浦晋也氏が述べていることであるが、実にユニークな見解だがしかしその通りだと私自身思ったものである。

 

 

 そういうことをやっている方は多くはないが、しかし全くのゼロではない。たとえばとはすがたり氏のとはすがたり建設総研はその代表例だと言えるだろう。都市とその郊外に投資を集中すべきであるとする氏の主張も大変ユニークである。

 

tohazugatali.iza-yoi.net

 

 そして私もまたこの列に連なろうとするものである。私が交通機関の未来に貢献できることがあるとするならば、私自身もまた交通に対する見解を述べることにより国土交通政策の民主化を推進するところにあるのだろうと思う。

 

(委・委員長)

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なぜ常識への埋没が不可能なのか

 Twitterではこのブログのことを私自身「謎ブログ」と呼んでいるが、実際このブログはほとんどの方には全く理解不能だろうと思う。私が恐れるのは理解不能であるが故に右翼だ左翼だオタクだ厨二病だと適当なレッテルを貼り付けられてネット民の正義の名の下に糾弾対象となり罵詈雑言や吊し上げの雨あられとなることである。人は理解不能なものを下等なもの、敵対者と通じているものだと思い込む生き物だからだ。

 

 そんなリスクを負うくらいならこんなものは公開しない方が良い。実際私も長らくそう思ってきた。だから空想委員会はずっと非公開でやってきたのだ。だがそれは不可能だった。

【空想委員会を非公開とし、常識人のふりをすること】

などという器用な芸当は不可能だった。それを目指した結果私は完全にボロボロになり、再統合による再起を目指し一部は成功したものの結局西暦2019年春には何もかもが破綻するに至った。今の私は旧会社の破綻処理と、事業再構築を目指す新会社を並行して運営しているようなものである。この負債は一生払い続けることになるだろう。少しでも負担を軽くするため新会社の経営を早く軌道に乗せたいと心底思う。

 

 ではそもそも論として、なぜ私は常識人になることができないのか。それは今までの記事でも断片的に語ってきたことではあるが、改めてまとめるならそれは私の死生観というか、「生きる」とはどういうことかという問題に行き当たる。すなわち私にとっては

 

【生=自由思考の維持】

 

であり、

 

【死=自由思考の放棄】

 

なのだ。

 

 

 「現実≠事実」という図式は先の「空想委員会とは何か」という記事に出したが、そもそもなぜ人間は事実をありのままに認識するのではなく、現実というおとぎ話をわざわざ作ってそれを集団で信じ込むなどということをやっているのだろうか。これは私の仮説だが、私は人間は「そうなるように進化した」のではないかと思っている。実際脳科学の研究により、人間の脳は記憶を曖昧にするように進化していることが判明している。どういうことかは和歌山大学の学生が簡単にまとめている。

web.wakayama-u.ac.jp

「次に人間の脳の「あいまい性」について紹介しよう。人間の脳はあいまいであるが故にここまで高度に進化できたのだと著者(引用者注:講談社ブルーバックス「進化しすぎた脳」の著者、池谷雄二)は語る。あいまいな記憶がいいというのは、少々妙な気がするだろう。例えば人間よりも進化していない脳を持った鳥などは、あいまいではなく、見たものをそのまま写真のように記憶できるという。普通に考えればあいまいな記憶力よりも、鳥たちのような完全な記憶力の方がすごいと思ってしまうだろうが、これが実は曲者である。例えば初めて出会う人間の顔を覚えるとき、人間はその相手の顔をそのまま覚えるのではなく、その相手の特徴を抽出して覚える。つまりいちいち細かい部分の情報ははぶき、最も特徴的であろう部分を取捨選択して記憶に残しているのである。相手に髪の毛がなかったりひげが濃かったりなど、特徴的な方が覚えやすいのは脳のシステムがこのようになっているからである。対して鳥などは相手の顔を細部まで完璧に覚える。鳥はあまり特徴的ではない非常に没個性な顔であろうと、完璧に覚えることができるのだ。しかし、次に会ったときに相手が髪型を変えていればどうだろうか? この場合、なんと鳥はその相手を同じ人物だと気づくことはできない。メガネをかけている相手がメガネを外せば完璧に気づかないし、極端に言えば正面からの顔を覚えた相手の横顔を見ても、それを同一人物だと認識することができないのである。正直なところ、私は鳥のような完全な記憶があればどれだけ勉強などが楽になるだろうと幾度も考えたことがある。恐らくこの書評を読んでくれている人にも、同じようなことを考えたことがある人はいるのではないかと思う。だが上記のような理由で、それはおすすめすることができない。パソコンがテキストを一文字変えただけで別物だと扱うように、そんな非人間的な記憶力は日常生活に不便なだけである。完璧な記憶とは完璧であるが故に、とても不便なものなのだ」

 要は正確に記憶しすぎるとわずかな差異すらも「別物」と捉えてしまうため、同じものがわずかに姿形を変化させても「同じもの」と「正確に」認識できるように我々の脳はあいまいに記憶するように進化しているのである。

 事実認識についても基本はこれと同じであろう、というのが私の考えである。文明の発達した現代ではともすれば忘れられがちですらあるが、人間に対して自然はあまりにも過酷だ。その自然の中で生きていかなければならなかった先史時代の人々が、もしその過酷な「事実」をありのままに認識していたらどうなっていただろう。おそらくだが、そういう人間も居たのだと思う。そして彼らは未来に対して何の期待も持つことができず、子どもを産むこともなく死んでいったのだろう。そうではなくて、事実をありのままに認識せず、夢幻を「現実」と捉え、希望を失わず、懸命に生き延びようとした人間こそが子どもを産み、人間社会を作り上げていったのだ。我々は「現実≠事実」と”することができた”者の子孫だと考えることができる。「現実≠事実」は適者生存の結果であり、我々の生存戦略の根幹なのだと思われる。

 

 ちなみに過去の世界がどのようなものだったかは、スウェーデンの歴史家ヨルン・ノルベリ氏が以下のようにまとめている。

「昔は労働時間が短かったという話を聞いても、あまりうらやましがらないほうがいい。それでも人々は働けるだけ働いていたのだから。(中略)ノーベル賞受賞経済学者アンガス・ディートンは、健康と開発に関する主導的な専門家だが、18世紀から19世紀にかけて『栄養の罠』がイギリスにあったと指摘する。カロリー不足のために人々はあまり働けず、だから頑張って働けるだけの食べ物を生産できなかったのだ」

 全人口の2割は栄養失調のためゆっくりと動くのが精一杯であり、だから乞食になるしかなかった。子ども達の知的水準も劣悪な栄養状態のために健全な発達を阻害された――これは今からわずか200年前のイギリスの実情である。

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 実際私はこの記述を裏付ける体験をしたことがある。西暦2019年の夏から初秋にかけて、京都で有機農法の農場で農作業に従事したときだ。私は朝から昼までのわずか4時間程度の労働でヘロヘロになった。大量のご飯を食べなければやっていけなかった。3合のご飯と鍋いっぱいのカレーを1人で1度に平らげたこともあった。収穫物の量よりも食べている量の方が明らかに多かった。そんな暮らしを支えていたのはスーパーマーケットであり、近代資本主義の形成した流通網であったことは言うまでもないが、しかし私はこう思わざるを得なかった。

「いったい昔の人はどうしていたんだ」

ヨハン・ノルベリ氏の「進歩」と出会ったのはその後のことだった。前述の項を読んだとき、私は深く納得した。そう、食べていなかったのだ、昔の人は。だからみんなやせ細っていた。栄養失調で死ぬなど当たり前だった。しかし産業革命以後の生産と流通の近代化によって、我々はようやく十分に食べられるようになったのだ。それに気付いた私は近代資本主義とそれによる流通網を形成した先人達に感謝すると共に、こう思わざるを得なかった。

「なんと――人の世とは地獄なのだろうか!」

昨今、地球温暖化への関心の高まりから、地球温暖化の原因となった産業革命と近代化そのものへの批判も珍しいものではなくなった。私もかつては、地球温暖化は人類の「利己的で傲慢な」開発のせいだと信じていた。だが事実はどうだろう。確かに、人類は地球環境を破壊してしまった。それが良いことだとは今の私も思っていない。だがしかし一方で、破壊される前の自然環境、近代化以前の地球は、我々人類にどのような恵みをもたらしていたというのか?――なんの恵みももたらしていなかった、と言っても良いのではないだろうか。だってそうだろう。文字通り死ぬまで働いても満足に食べることもできない、知能発達の機会すら与えられないということは、つまり生存のために必要最低限の作物すら地球は我らに与えていなかった、ということだ。これは地球によるネグレクト(育児放棄)であると言っても過言ではないだろう。

* こちらもアフィリエイトリンク。産業革命と近代化そのものへの批判の代表例として。しかし私にはヨルン・ノルベリ氏の記述と自分の体験からこの本を持ち上げる環境マフィアの主張は今や事実なきエコーチェンバーの極北くらいにしか思うことができない

 そしてその地球によるネグレクトを乗り越えるための、被虐待児としての人類の防衛機制が【現実≠事実】に他ならないのではないか。私にはそう思えてならないのである。

 

 それは仕方ないにしても、しかしそれはマルクスの言葉を借りれば「民衆のアヘン」以外の何物でもない。人類は【現実≠事実】という防衛機制によって地球によるネグレクトを乗り越えることはできたが、しかし一方で人類は同じアヘンを吸う者同士で群れるようになり、アヘンの味によって分断されていった。民族、宗教、国家、派閥、あるいはムラと言ったものの本質はまさにそこにあるのだろうと思う。同じアヘンを吸う者=同じ「現実」を共有する者を人類は「味方」と認識し、そうでない者を「敵」と認識する。今日まで続く戦争の発端はまさにそれであろうし、またソクラテスなど集団の共有する「現実」を是とせず真理を求めた者達が迫害を受けたのもまたそういうことであろうと思う。

* アフィリエイトリンク。角川もこういう本を出しているのは良いのだけどね……。

 しかし面白いのは、それがどれほど迫害を受けようとも、いつの時代も必ず「現実」に埋没することを良しとせず、「事実」を求める人々が現れることだ。私が思うに、人類というものはアヘンを共有する集団とは別に、大きくわけて2種類に分類できるのではないかと思う。それは

【天使と悪魔】

だ。「天使」は神に祝福され、またそうであるが故に神の言葉(=規範・道徳≒現実)がいかに矛盾していようともそれが善なるものであると信じ込むことができる者達。それに対し「悪魔」は神に祝福されることはなく、またそうであるが故に神の言葉を信じることができず、自らの知性によって真理を見極めようとする者達である。ソクラテス自身は神を信じていると主張しているが、しかし実際ソクラテスは悪魔だったのだろうと思う。そうであるが故にアテナイの多数派を占める天使達によって殺されたのだ。

 そして私が思うに、悪魔は決して天使になることはできないのである。悪魔は生まれついたときから悪魔であり、死ぬまで悪魔であることを定められている。故に悪魔は決して世の中の常識や規範、道徳と言ったものにより構成された「現実」という名のおとぎ話を是とすることができず、実存と論理によって構成された「事実」を追い求めるのである。そして結果的にこの世は悪魔達によって進歩し、経済と科学の発展により今や人々は「現実」というアヘンを吸わずとも生きていけるまでになったのではないだろうか。

 

 そして私は、そんな悪魔のうちの1人だと思われるのである。

 

 

・今日における悪魔の歴史的意義

 ここから先は余談ではあるが、今に生きる悪魔の1人として今悪魔として生きることの歴史的意義について考えてみたい。

 環境マフィアがどれほど張り裂けぼうとも、経済と科学の発展が人類を豊かにし、幸福にしたのは明らかである。今や人類は地球によりネグレクトされた被虐待児であることを忘れ、逆に自らの驕慢の故に母なる地球を破壊しているのだなどと思い込むことができるまでに災害や飢餓の脅威を遠ざけることができるようになった。また情報技術の発達で人々は神の言葉を鵜呑みにするのではなく、自らの力で真理を探し求めることが徐々にできるようになってきた。

 少し前にもちらっと書いたが、おそらく人類は「現実」というアヘンを吸う必要性をかなりの面において喪失しているのだ。そして実際、人々は「現実」という虚構を離れて「事実」の世界へと移行しようとしているように思う。つまり天使が後天的に悪魔的存在になろうとする事例が増えているのではないかと思う。それは今を生きる悪魔の1人として私が認識しているジャーナリストの烏賀陽弘道氏の著書が版を重ねていることなどから読み取ることができる。

* これもアフィリエイトリンク。私自身よく読ませて頂いております

 

 一方で発達した科学技術は地球規模での人々の交流と、莫大な破壊力を持つ兵器の開発と運搬をも可能にした。また環境マフィアの主張に賛同するかどうかはともかく、経済発展が地球温暖化を引き起こしたのは事実である。これらの問題はまさに「事実」に基づく対処が求められる事象である。

 しかしながらそこで見過ごせないのが「オピニオンリーダーの失業」という問題だ。政治家や知識人、聖職者と言ったオピニオンリーダー達は、長い人類の歴史の中で「現実」というおとぎ話を強化し、民衆にアヘンを吸わせる役目を担ってきた。だが人々が「現実」から離れていくということは、つまり旧来のオピニオンリーダー達は失職の危機にあるということである。私にはそれ故に、昨今旧来型オピニオンリーダー達が自陣営の権威性を再強化し、人々に無条件に服従するように求めているように思われてならない。つまり昨今叫ばれる社会問題の多くは、失職を恐れるオピニオンリーダー達自身が引き起こしている面が多々あるのではないかと思う。これは世界規模での陰謀が存在するという話ではなく、旧来型オピニオンリーダー層の集合的無意識が引き起こしているのではないかという話である。実際先に述べたヨルン・ノルベリ氏は「進歩」の前書きで、ドナルド・トランプ米前大統領が事前の予想を覆して大統領になることができてしまったのは人々に蔓延る悲観論を煽り刺激したためであり、それは他のオピニオンリーダー達も共有するものであることを指摘している。

 これらのことから考えられるのは、これからの社会問題は「現実主義者」と「事実主義者(空想主義者)」との対立になるのではないかということだ。

 

 たとえば昨今のウクライナ戦争は、私は旧来型オピニオンリーダー層としてのプーチン大統領率いるロシア連邦とそれに対抗する西側諸国という「現実主義勢力」と、ただ平和な暮らしを望むゼレンスキー大統領と彼を支持するウクライナの民衆という「空想主義勢力」の対立として捉えることができるのではないかと思っている。私はあの戦争は基本的にウクライナを支持しているが、これはNATOと西側諸国を支持しているのではなく、彼の地に住む空想主義者を支持しているのだ。

 今後この対立が深化するにつれて、世の中には「現実」に従わない悪魔を糾弾する言説が蔓延るだろう。だが課題を解決するのは悪魔である。長らく人類の生存戦略の根幹であった「現実主義」はその歴史的使命を終え、むしろ現実主義それそのものが人類の未来に対する脅威となる時代がやってきたのだ。人類が選択すべきなのは「コモンズか、野蛮か」ではない。「現実か、事実か」なのだ。私が「現実からの解放」を時代の要請と捉えるのは、まさにこういうことなのである。

 

 私は22世紀を幸福な悪魔の時代としたい。

 

(委・委員長)