今日も回り道

音楽グループの「空想委員会」とは何の関係もありません

破滅の向こうに

 恐らく本当に死ぬことはないだろうから軽く聞き流して欲しいのだけど、私は今久々に死にたいと思っている。これほど死にたいと思うことは少なくとも過去1年以内にはなかっただろう。

 

 何の話かと言えば秋のダイヤ改正の話である。わかり切っていたことだが廃止・減便が止まらない。西暦2024年春以降はこの動きがさらに加速することが見込まれている。9/20は「バスの日」だったが、バス運転士不足はますます深刻化し、現在でも約1万人不足しているのが西暦2030年には少なくとも3万6000人不足するということである。もはや赤字路線が削減されるという段階は終わり、今後は黒字路線・補助金路線でも削減されていくということだ。

 

 夏の暑さも厳しくなり、新型感染症が世界に蔓延している。本当に気が重くなる。

 

 

 その中にあって、私は先日よりようやく「全国公共交通巡り」を開始した。特に9/9~11の青春18きっぷ旅では始発からの乗りまくりを行い、さらに帰りは夜行バスとした。そこで思ったのは、これこそ私が求めていたことだ、ということだ。逆に言えば結局私が求めていたのはこれか、とも思った。時刻表通りに走る、それ自体が観光資源となるわけでもない「日常の乗り物」に延々と乗り続けるという、古くは宮脇俊三氏が「時刻表2万キロ」にその旅の模様を綴った最も典型的な「乗り鉄趣味」というものが結局私が最も楽しめることなのであり、その他のあらゆる趣味はもちろんそれらも好きなのではあるけれど、ただこの趣味にはどうしても及ばないものがあるのだ、ということを認識させられた次第である。

 

 思わざるを得ないのは、「なぜ今更そんなことを言っているのか」ということだ。乗るのが好きだなんてことははるか昔からわかっていたことである。そしてそのころから腰を据えて乗りまくり旅をやっていればもっと多くの路線にも乗れただろうし、その見識を活かしてさらに活躍することもできただろう。それなのになぜ、今の今までずれ込んでしまったのか。

 たとえばの話、私は名鉄全線に2回乗っている。1回目は約30年にも及ぶ時間をかけてようやく昨春達成したところであるが、2回目はその後すぐ、たったの4日で乗りつぶしてしまった。つまり4日でできることに私は約30年もの時間を費やしていたのである。

名鉄全線乗りつぶしは西暦2023年(空3年)3月17日、知多新線内海駅で達成した。翌日のダイヤ改正知多新線は線内折り返し運転が基本となり、今は昼間の内海駅パノラマスーパーを見ることはできない

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↑続く2週目は同じ西暦2023年(空3年)の3月30日、築港線東名古屋港駅で達成した。17日からは10日以上経っているが、これは築港線のみ乗り残していたからであり、実際に要したのはたったの4日だった。さらに築港線のみ乗り残していたのは朝の出発時刻が遅かったためであり、文字通り始発から終電まで乗っていれば2日で終わっただろう。

 

 これはあまりにも悔やまれてならない。私が一人旅を開始したのは西暦2008年とかだったはずである。それから一体何をやっていたのか。

 

 結局、腰を据えるのが遅すぎたのである。私は名古屋市営地下鉄全線乗りつぶしは早々と終え、オーストリアの首都ウィーンの地下鉄にも全線乗った実績があるのだが、しかしそれ以外の乗りつぶしを決意するのがあまりにも遅すぎた。JRと名古屋市営バス乗りつぶしを決意したのが、実に西暦2019年(空0年)のことなのである。JRと名古屋市営バスに全部乗るのであれば当然ついでに日本国内の鉄道全線には乗ることになるのが私という人間なわけであるが、つまりは乗りつぶしを決意したのはそこなのである。なぜ、そんなことになってしまったのだろうか。

 

 この記事ではわざと空想歴も併記しているが、西暦2019年(空0年)は私の再出発の年である。産まれてから積み重ねてきた私という人間がついに破綻し、その清算と人生再構築を余儀なくされた年である。西暦2020年のTwitter旧アカウント終了などはまさにその清算と再構築の結果である。鉄道にたとえるならば旧国鉄が分割民営化でJRになったようなものである。今の私はJRなのだ。

 JRとしての私は人生のすべてをゼロベースで見直し、本当にやりたかったこと、好きなことだけに注力することにした。これはあくまでも理性的に検討した結果である。それまでの私は対外的身分が学生だったこともあり、将来のため、視野を広げるためといってやりたくもないことばかりをやり、実らない努力ばかりをやっていた。その結果ない力がさらに分散され、リソースを本来分配すべきところ、つまりは努力が実るところ、私の本来の持ち味を発揮できる場所に分配することができていなかった。これは企業経営にたとえるならば赤字事業ばかりに注力して黒字事業に注力することができていなかったというわけであり、それは破綻して当然だろう。清算と人生再構築とは即ちそのような赤字部門を捨てて黒字部門に注力するということだ。国鉄改革で特定地方交通線が廃止になったようなものである。そしてその中で注力すべき黒字部門として強化されることになったのが、「全国公共交通巡り」なのである。

 

↑私も共感する

 

 「全国公共交通巡り」はまたの名を「のりのり旅」と言う。ただ「乗る」のではなく、「気の狂うほどに乗る」という意味を込めて「のり」を2度繰り返している。中でもさらに注力分野として「のりのりJR」と「のりのりバス名古屋」が策定された。具体的には以下の通りとなる。

のりのりJR:青春18きっぷを主に使い、JR各線の普通列車の自由席(特別料金を要さない列車)に乗りまくる。ついでに元国鉄の三セク線、バス路線、及び旧国鉄線と一体的に機能する私鉄線にも乗る。今後の人口減少とその人口の都市集中、及び商業地・勤務地としての都市の求心力低下、特急列車の新幹線への移行により今後いよいよ持続不能になっていくことが明らかな一方で、高齢化や若者の車離れ、インバウンド、バス運転士不足の受け皿となることが期待されてもいる「幹線の普通列車」という存在に今こそ乗り、その現状とこれからを探ることを目的とする。

のりのりバス名古屋:ドニチエコきっぷを主に使い、名古屋市営バスに系統番号単位ですべて乗る。今後人口がより集積していくであろう都市の交通の現状を探ることを目的とする。

 両者を合わせて「点と線戦略」などと当時の私は呼んでいたものである。当時はろくに資金もなく実現のあては何もなかったが、それでも今後の努力の目標としては悪くないものであると考えられた。それからもいくらか紆余曲折もあり、私は活動拠点を名古屋から八木に移したこともありのりのりバス名古屋に代わって「のりのりバス南丹」、そして「のりのりバス京都」「のりのりバス京阪」へと邁進していくことになり、一方でのりのりJRの方もその前哨戦として大手私鉄各線への乗車を優先することになり、結果として名鉄全線を2周することになったわけであるが、しかし先日はいよいよ青春18きっぷを入手できたこともありついに念願の「のりのりJR」を実行に移し、また今秋~今冬には「のりのりバス名古屋」にも着手しようと思っている次第である。

 

↑このツイートの背景にはそのようなものがあったのである

 

 これに向けて私は、決して安定しているとは言えないが少なくとも自由な時間を確保しつつクレジットカードを12枚も作れるくらいの社会的身分と収入のあてを作り、一方で実質的な一人暮らしを開始して自律的に活動するための基盤を整えた。鉄道趣味と並行して行うことになった商業施設趣味(※1)及び決済趣味(※2)を「生活基盤趣味」とし、それを車の両輪としながらその上に交通趣味を載せて突き進んでいこうと思っている。

 

※1 これが趣味になったのはもちろん鉄道事業者の副業と乗客の「行先」として関心を持ったという点が大きいが、実は元はと言えば食料品を買いそろえるための物価調査として、各社のプライベートブランドの価格を比較し始めたところに始まるものなのである。今でも小売り各社の価格帯(≒ターゲット層)とその店舗配置は関心の中核を占めている。

※2 これは言うまでもなくポイ活から始まったもの。元々私は各社のポイントカード等を体系的に調査し、ポイントやクーポンの活用によって生活コストを下げることを模索すべきであることはかなり前からわかり切っていたのだが、私の混乱により長らく先延ばしになっていた。しかし西暦2021年夏、それまで長らく継続していたドコモの家族会員を辞めて自己資金で改めてスマホを持とうというときに、母の勧めと小売りを本業とする「第4のキャリア」という存在に興味を持ったことから楽天モバイルを契約し、その結果として楽天経済圏に参入することからポイント経済圏を調査する気運と必要性が高まり、スマホ代の支払い口座として楽天銀行の口座を作ったところキャッシュカードにブランドデビット機能が搭載されていたことから日常の決済についてもキャッシュレス化を一気に推進することになり、その手段の多様性、選択肢の多さと複雑さにハマったというわけである。それでも当初は一般に言われるようにクレジットカードは2枚~4枚に抑えようと思っていたのだが、しかしポイント還元率の面から見ても決済の利便性の面から見ても明らかにそんな枚数で抑えることはできそうもなく、どうしようかと思いながらTwitterをそれらしいワードで検索してみたところ大学生や年金生活者でも100枚以上のクレジットカードを持っている人がこの世には居ることがわかり、また当時既にインターネットの受け売りではあるが家族に対してクレジットカードのアドバイスをするようになっていたこともあり、それならば私としても趣味の一つに加え、調査研究を兼ねてクレジットカードを作れるだけ作ってみようと思ったのである。結果として私も今では12枚ものクレジットカードを持つようになり、さらに増やそうと思っているが、一方で年会費無料ゴールドカードのセゾンゴールドプレミアムを取得できてそれにかなり満足していること、MUJIカードの審査に落とされたこと、のりのりJRがいよいよ始動したこと、相互フォロワーのキャレおじさんのJCBゴールドの顛末等により私としてもやはりクレジットカードの発行は冷静に、慎重に行わなければならないと思ったところである。実は来年までには三井住友カード・セゾンカード・JCBカード三菱UFJカード(MUFGカード)の国内4ブランドを制覇する……などということも考えていたのだが、JCBカードWが基本還元率1%を維持できなくなったこと、三菱UFJカードも三井住友カードとセゾンゴールドプレミアムで代替できることから、今後は現在の主軸たる三井住友カードとセゾンカード、そして鉄道事業者及び商業施設のクレジットカードの中から特に生活上必要なものを揃えていくことに注力しようかとも思っている。

 

↑私としてもMUJIカードの否決とこの文章を読んでかなり冷静になったところがある

 

 それで今ようやく私はのりのり旅を開始した、というわけである。しかしほぼ時を同じくして乗るべき乗り物たちは消え去ろうとしている。結局私はのりのり旅を越える趣味を見つけることはできなかったわけであり、だからもう消えていく乗り物達と共に死んでしまおうかとすら思うわけである。それでも私は死なないだろう。結局死ぬことなどできないのである。それは私ののりのり旅はまだ始まったばかりで終わっていないからである。国内が終わっても海外がある。私にはまだ、やるべきことがある。

 

(委・委員長)

「新年」を迎えたわけだけど

 でもだからと言って今日を盛大に祝って欲しいかと言うとそれもまた違うのよね。

 

 前回の記事で書いた通り、本日西暦2023年6月27日は空4年上6月27日であり、本日より1年間が「空想歴4年(空4年)」となるわけである。が、この紀年法を採用しているのは空想委員会日本本部とその唯一の構成員たる私だけであり、その由来もまたこの両者のみに起因するものである。それ以外の一般の方々がこの日を祝う必要性は何もなく、1月1日を祝うことを妨げるものでもない。

 

 1月1日が苦手である、という話はしたが、だからと言ってそれを6月27日に移植しても何も物事は解決しない。今日を祝うのはただ私1人で良いのである。もちろんこれは他の方々が今日を祝って下さることを妨げるものでもないが、それはすべて自由意志のみに委ねられるものである。

 

 

・「リベラル」

 立憲民主党はリベラル政党であると言われ、それを支持する私もリベラル派に属するというのが一般的な解釈なのだろうけど、しかし私は今まであえて「リベラル」という言葉を避けてきた。それは私の勉強不足によりこの言葉が具体的に何を表すのかがよくわからなかったからだが、いつまでもわからないままにするわけにもいかないから、最近田中拓道「リベラルとは何か」(中公新書、2020年)を読んだところである。これによるとリベラルとは「価値の多元性を前提として、すべての個人が自分の生き方を自由に選択でき、人生の目標を自由に追求できる機会を保障するために、国家が一定の再分配を行うべきだと考える政治的思想と立場」ということである。

 ということである、というか、これはむしろ著者の田中拓道一橋大学大学院社会学研究科教授がリベラルという言葉をそう定義した上でその思想の変遷を追ったのが本書である、と言った方が正しいのであるが、ともあれ一般に「リベラルとは何か」を考えるにあたっては、まずこの定義から出発するのも悪くないだろう。というわけで私もこの定義を採用したいのであるが、この定義に基づいて「リベラル」を考えると、第一に思うのは「私はやはり【リベラル】であったのだ」、ということだ。これは何年も前から薄々感づいていたことだった。私は全体主義も完全自由主義もしっくりこないが、それは人間は明らかに多様であり、多様であるが故に「幸福」は自ら追求するしかない(→父権主義的に「幸福」を供給することなどできない)ことから社会の目標を「構成員の幸福」に置く限りにおいて社会は自由主義的である必然性があるが、一方で社会の中で自由に活動するためには当然「生存」が大前提としてまず必要であるにもかかわらず完全自由主義は「死ぬ自由」をも必然的に認めてしまうため、それを採用した社会(≒新自由主義社会)では人々は生存のための活動に人生の多くを費やさなければならないことになり、結果として完全自由主義社会というものは実態としては「生存のための行動を全体主義的に強要される社会」へと陥っていくからである。自由主義社会を求める人々が真に求めるであろう「生存した上での自由」を社会全体で達成するには結局生存そのものは父権主義的にでも提供されていなければならないのである。言い換えればこれは「自由の階層構造」とでも言えるだろう。これはマズローの欲求階層説にも対応するものだろうが、人間にとって最も重要なのはよほど奇特な趣味人を除けば「欠乏からの自由(生存する自由)」なのであり、「選択する自由(政治的な自由)」はそれに次ぐものでしかあり得ないのである。逆に言えば「選択する自由」を棄損することが妥当性を持つのは「欠乏からの自由」を達成するために必要な場合に限られるとも言える(※3)。この階層構造を破壊せんとする者はまさしく「よほど奇特な趣味人」と言わざるを得ないだろう。www.nri.com

しかしその「よほど奇特な趣味人」が実は実際の政治を考える上で実に厄介なものなのである。社会的な意識の高い人々、例えばSNSで日夜政治的言動を発している人々などというものはこの「よほど奇特な趣味人」であることも多く、その結果彼らは欠乏からの自由を度外視してでも選択する自由を主張したり(※1)、欠乏からの自由は達成されてもなお全体主義を主張したり(※2)するわけである。そしてそれは常識的にはよほど奇特な趣味人でしかないはずだが、しかし往々にして彼らが多くの支持を集め権力の座につくこともあるのである。あるのである、というか、それこそ一国を率いるなどという気のふれたことをしたがるような連中はそのような「よほど奇特な趣味人」であることの方がむしろ多いようにも思う。

 私の政治的活動の目標は私の幸福追求権を保守防衛及び拡大すべくこの「よほど奇特な趣味人」を批判し「欠乏からの自由を前提とする選択する自由」を確保することであると言えるが、それはまさに田中拓道氏による「リベラル」の定義そのものであると言えるだろう。なるほど、私はやはり【リベラル】であったのである。

 

※1 新自由主義を最初に主張したミルトン・フリードマンフリードリヒ・ハイエクはまさにこのタイプの「よほど奇特な趣味人」であったと言える。そのような趣味人の趣向が社会全体に適用されてしまったのが「新自由主義の失敗」なるものの根底にあるのだろう。そしてこれは私が肌感覚で理解していることだが、今日の日本において安倍自民を批判し野党共闘を支持したようないわゆる「左翼」の中には、こういうタイプの連中もまたごまんと居るのだ。もっとも彼らが厄介なのは彼らのエコーチェンバーが全体主義へと方向性を変えてしまえば容易くそちらへと振り切れてしまうことでもあるのだが

※2 世界一の富裕国となり安全な医療も十分に受けられる環境にある今日のアメリカ合衆国においてなぜか妊娠中絶を認めない人々など。いわゆる「右翼(保守派)」が多くこちらに該当する。彼らはそもそもの話として社会の目標を個々人の幸福には置いていないわけだが、ならば彼らは何のために政治なるものをするのだろうか。そもそも保守派とは元々はフランス革命において人間の理性を懐疑して急進的進歩主義を批判した人々を指すはずであるが、今日保守などと呼ばれている連中はむしろ人間の理性そのものは過大なまでに評価する傾向にあり、彼らの訴える内容も現に人々が大切に守ろうとしている伝統を尊重することではなく、彼らが勝手に決めつけた伝統なるものを自然に反してでも温存しようとしたり人工的に復活させようとしたりすることであり、それはもう保守ではなく「左に270度振り切れた極左」とでも言うべきものだろう、と私は思っている

 

 第二に思わざるを得えないのは、この「リベラル」なる概念の日本における不可能性である。端的に言って、これは日本人の心情から最も乖離した思想であると言えるだろう。日本は自由主義なのか集団主義なのか、みたいな話はよく聞くが、私の認識では日本社会は「集団主義的完全自由主義」とでも呼ぶべきものである。日本社会の本質は多様な小集団(=ムラ)の集合体であり、小集団の相互間では完全自由主義(※3)が適用される一方で、すべての個人はいずれかの小集団の「部品」として組み込まれ、その小集団を維持することそのものこそが小集団の目標となる。これが日本社会が主に左派の主張するように「最も全体主義になりやすい」傾向を抱えながら、少なくとも形式的には右派が認識するようにG7の一角であるくらいには「自由主義国家」を形成している所以であるのだろう。そしてまたこの社会においては、個々人は小集団の部品でしかあり得ないためその選択の自由なる概念はピンとこないものがあり、「欠乏を回避するための再分配」もその主体は小集団の方になってしまう(※4)というわけである。

 何よりも厄介なのは、日本の「リベラル派」なるものもそのような小集団の一つでしかない、ということだ。彼らは往々にして日本的価値観そのものから解放されたような気分に浸っているがその実態はただ元々居たムラが住みにくかったから隣のムラに移ったという程度のものであり、彼ら自身の内にある日本的価値観を相対化しきれていない(※5)。だから結局は彼らもリベラル村のパーツでしかなく、にもかかわらず彼らの主観では彼らこそが普遍的価値観の体現者であり伝道師であるため、彼らはリベラル村そのものを際限なく拡大しようとする傾向がある。結果、彼らの主張は往々にして「(彼らの考える)自由への総動員」とでも言うべきものに陥る。私の認識では彼らの主張は確かに比較的自由へと近づいていくものであるから右派的な全体主義よりはマシであり、だからこそ私は立憲民主党を支持し続けているところがあるのであるが、とはいえ彼らの主張もまた往々にして80年程前にあったような”国民精神総動員”的な色彩を帯びる傾向があることは否めない。それは結局彼らもまたリベラル村という小集団の「部品」でしかなく、その選択の自由という概念を腑落ちしきれていないのだろう。そしてまたそうであるが故に、その小集団の方向性一つでどんな矛盾も主観的には矛盾することなく主張することができてしまうのだ。それが具現化したのがまさしくサーズ2(新型コロナウイルス)によるパンデミックであり、彼らは当初安倍晋三首相率いる自民党政権が全学校の休校を指示したときにはそれを批判した一方で、それが終わってしまえば逆にそれを行わないことを批判したのである。こうなるのは結局、彼らもまた自ら思考することをせず、リベラル村の方向性に沿った主張しかしていないからだと言える。端的に言って、だからこそリベラルは嫌われるのだろう。

 

※3 「ムラ」の中にはそれぞれのルールが適用され、その内部にも適用される普遍的なルールなど存在しない。「法の支配」はあくまで小集団の関係性のみに適用され、その小集団の内部には及ばない

※4 自民党型再分配がまさにそれである。自民党政権は確かに再分配を行うのであるが、行う相手は行政主体(都道府県・市町村)であったり事業主体(企業等)であったりし、社会保障もあくまで家単位となることが多い。それは再分配を行う相手が小集団そのものであり、個々人ではないからである

※5 それは別に悪いことでもないのだが、ただ彼らは彼らの主観ではその日本的価値観なるものから解放されたと思い込んでいるからこそ厄介なのである

 

 さてここまで長々とリベラルについて語ってきたのは、私が「新年」に望むことはまさに私がリベラルたる所以でありその神髄を表していると言えるからである。私は6月27日を新年としたいがそれは私だけが祝えば良いことであり、他の方々を巻き込むつもりは全くない。私は他者については1月1日に新年を祝う在り方からそもそも新年を祝わない在り方まで、すべてを尊重したいところである。そしてその中において1月1日に新年を祝う人々が社会の構成員の中で多数を占めることは明らかに事実であるから、最大多数の最大幸福を実現すべく日本国の国会が祝日法第2条において1月1日を「元日」という祝日として定め、多くの企業・学校がそれに合わせて休暇を取ることは何ら批判しない。ただ私が望むのはそこから外れる権利も尊重されることであり、昨今の働き方改革で多くの企業が1月1日を休業とするようになってきたのは、労働時間の文脈では評価できるもののその他の文脈においては手放しで肯定することはできないのである。

elaws.e-gov.go.jp

 

 このような在り方は今の日本においては「リベラル派」を含めほとんどの人々には非常に新鮮であったり、ともすれば理解不能だったりするだろうが、ただ私はこれからは日本もリベラル的になっていくべきだろうと思うし、実際その萌芽は芽吹きつつあるようにも思う。ただそれは一方で旧来の「リベラル派」の主張がそのまま実現するというものでもなく、だからこそ今後は従来の「リベラル派」こそが自陣営の教義に従わない変化をリベラル的であると捉えることができず、その実態においては反リベラルの方向へと突き進んでいくことを私は強く懸念している。実際昨今リベラル派知識人達が表立って立憲民主党を批判したり、国会で暴力行為のパフォーマンスに及んだれいわ新選組を評価したりしているのは、まさに彼らが反社会・反リベラルの方向へと突き進んでいる証左であるように思えてならないのである。私は彼らリベラル派知識人の残したものに学びつつも、彼らの現在の主張には必ずしも賛同しないのはまさにここにあるのである。

 余談だが、私が「空想委員会日本本部」というたった1人の組織を作ったのは、小集団の集合体たる日本社会の構造を理解した上で、私の自由を最大に守るためなのかもしれない。この組織はこの日本社会の中にある一つの共同体、一つのムラとなるべく組織されたものである前々から意識していたことであり、私はこのムラにこそ所属しているのだ。

 

(委・委員長)

空3年の終わりに

・「空想歴」について

 このブログは謎ブログである、とTwitterで何度か言った記憶があるが、このブログが謎ブログである所以は「私の脳内をほぼそのまま公開すること」がこのブログの使命であると言えるからである。このブログの主要な要素である「空想委員会日本本部」なる組織はまさに私の脳内それ自体であるということができ、実際この組織が「何」であるのかは私にもよくわからないところが多々あるのも事実であるが、とはいえそもそも「己を知る」ということこそがソクラテス以来の哲学の根本命題であることを考えるまでもなく、自らの脳内を理路整然と語りつくすことのできる人間など実際ほとんどいないだろう(※1)し、むしろ私は組織図という形で私の脳内の一端を書き表すことができる分だけかなりマシだとも言えるだろう、とも思っている。

 

※1 主観的には語りつくせるつもりでも、実際には語れないことが多々あることだろう

 

 そんなわけで、このブログに謎の記述が存在したとしてもそれは仕方のないことである。そしてその謎は少しずつ語っていくことにしたい。そこでこの記事ではまず空想委員会が使用する紀年法「空想歴」について記述することにしたい。

 

 カテゴリー「組織運営」には現在「空想委員会組織図」と称する記事が入っているが、そのタイトルには一般の方々から見たら何やら見慣れない日付が記載されている。この日付こそが「空想歴」である。空想歴は空想委員会がようやく官僚制組織としての体を整えるに至った西暦2020年6月27日を【空想歴元年(空1年)上6月27日】とし、それから西暦2021年6月26日(空1年下6月26日)までを1年とする。この紀年法に従うと、この記事を書いている西暦2023年6月24日は「空想歴3年(空3年)下6月24日」となるわけである。

 この紀年法は公式には【いかに世の中が移り変わろうとも、我らは同じ時を刻み続ける】という空想委員会の意志を表すものであるとされているが、もちろんそんなものは後付けの建前であり、実際には私自身の主観的な時の流れを表したものである。おそらくこの記事をここまで読んだ誰しもが予想したことだろうが、6月27日とは私の誕生日である。6月生まれというのはユニークなもので、一般的な年と主観的な年(年齢)とがほぼ半年ズレている。空想歴で私が表現したいのはこの二重性であり、私個人は1月よりもむしろ6月をこそ重視したい、ということでもあるのである。

 

 一般的に1月1日と誕生日の差はどのように認識されているのだろうか。私にはこのズレは、ごく軽微なものではあるが「違和感」と表現したい。私は正月があまり好きではない。あの寒い中店やその他の施設はほとんど閉まってしまい、あらゆる自由が制限された中で「新年」なる漠然とした概念を祝うことを強要される全体主義的な雰囲気が苦手である。私は過去には「年越しの瞬間」というものに異常なまでにこだわったことがあったが、それは結局その「違和感」を無理やり乗り越え、「新年」を我が物にしようとした、ということだろう。どこかで書いたと思うが、私は自分自身をそのような「無理」から極力解放したいと思っている。もちろんこの世で暮らす限り様々な制約は受け入れなければならないが、しかしだからこそ解放できる無理からはどんどん解放していきたい。その一環として私は空想歴を導入し、「1月1日に新年を祝う無理」から私自身を解放したのである。今は私の個人的なメモ書きはすべて空想歴で記述している。このブログはあくまでも公開されているものであるからその本文においてはなるべく西暦で記述しようと思っているが、しかし見出しくらいは空想歴を使用させて頂きたい。

 

・空3年の終わりに

 さて言うまでもなく、また6月27日が差し迫っている。今度の6月27日で空3年が終わり空4年になるわけであるが、この「新年」に際して私が今思うことを取りまとめたい。

 この記事を書いている途中で日付が変わってしまったからもう一昨日のことになるが、西暦2023年6月23日(空3年下6月23日)から世界ではまたいくつかの動きがあった。一般的な大ニュースはロシアで起こったワグネルの反乱であるが、私が最も驚いたのは能勢電鉄妙見山撤退であった。それ以外にもJR東日本のシステムトラブルがあったし、つくばエクスプレスの延伸が土浦方面に一本化されるということもあった(※2)。これらに対して何かを主張したい、という欲求は実はあまり強くない。それより私がやりたいのは「事実の整理」である。誰かの憶測ではなく、確かな事実を私は知りたい。私のインターネットでの在り方を長く見てきた方ほどそれは意外かもしれないが、私が何かを言いたい、意見を聞かせたいと思ってきたことそれ自体が外界の環境によって「作られたもの」であるという面も強くあったのではないか、と昨今思うのである。もちろん私にも主張したいことはあるし、主張したいときに主張できる環境は是が非でも用意されなければならないと思っているが、また私は他者が何かを主張しようとしていることを基本的に好ましく思いその自由を擁護したいとも思うのであるが、それはそれとして私は何かを言うということよりも、事実を吸収したいという欲求の方がむしろ強いようである。このブログが何度か記事を増やそうとしたものの相変わらず低頻度の更新に留まっているのはまさにそれであり、私が真に必要としているのは言論空間としてのブログではなく、むしろ情報の集積庫のようなものだったのだ。

 

※2 ただそもそもつくばエクスプレス延伸は最も効果の高い土浦延伸であってもB/Cが1を切ることがわかっており、定量的には延伸計画自体を取りやめるべきである。なお他都市の事例を見れば、B/C1.21と算出されている大阪市高速電気軌道長堀鶴見緑地線の鶴町延伸すら「効果が乏しい」として凍結されている。つくばエクスプレス延伸をやるならば、少なくとも長堀鶴見緑地線鶴町延伸は実現してからでなければならないだろう。

news.railway-pressnet.com

osaka-subway.com

注)B/C(費用対効果分析)が算出するのは「社会的便益」であって採算性ではない

 

 というわけで今後はこのブログも必要に応じてそのようにも活用したいと思う。そのような記事は新たなカテゴリー「MNPクリップボード」に分類し、その中で管理することにしたい。

 

 一方でリアルでの活動については、今こそ京阪神の鉄道・バスの旅に出たいところだ。能勢電鉄妙見山撤退は、京阪神の鉄道ですらもう安泰とは言えないことを認識させられるものである。京阪神の特徴は大都市と山々が隣接していることであり、だからこそケーブルカーやロープウェイが多数整備されており、さらにそのアクセスのための鉄道路線が多々あるのであるが、そのケーブルカーやロープウェイが縮小傾向であることは以前より明らかだった。西暦2022年9月16日には大阪府南河内郡千早赤阪村金剛山ロープウェイの廃止が決まったばかりであるし、その他の各線も運行時間の短縮や運賃値上げが相次いているところである。東海地方では21世紀の初めに名鉄が大きく路線網を縮小させたが、いよいよ近畿にも鉄道網縮小の波が押し寄せたと思わざるを得ない。一方で私の財政状況は相変わらず厳しいものがあるが、しかし昨今はいよいよクレジットカード発行によるポイ活ができるようになったことによりわずかながら改善されつつあるのも事実である。それにより4月には名古屋に帰省し、名鉄各線に乗ってきたところである。また南丹のバス各線については1月までの八木への滞在中にあらかた乗ることができている。次は近江鉄道なども考えたがそちらは過去に乗ったことがあるし、やはり次は京阪神だろう。阪急、阪神、京阪、近鉄京都市営地下鉄大阪市高速電気軌道……私が幼少期から乗り物図鑑で思いをはせてきた各線に、しかしなぜか今日まで未乗車のままで残されてきた各線に、今こそ乗ることにしたい。

 

 私は今まで異常なまでに遠回りを強いられてきたところがあるように思う。その遠回りを終わらせることができるか。それが空4年のテーマとなるだろう。

 

(委・委員長)

空想委員会組織図 空3年下6月24日

中央会議

 委員長

 統合本部

  広報課

  信用課

  厚生課

  図書課

 教務局

  哲学部

  平和学部

  創作表現部

 情報局

  第一部(政治)

   第一課(アジア)

   第二課(ヨーロッパ)

   第三課(自由・人権)

  第二部(経済)

   第一課(経済総合・金融)

   第二課(商業)

   第三課(労働人権)

  第三部(防災)

   第一課(気象)

   第二課(防疫)

   第三課(治安及び化学災害)

 建設局

  総合開発部

   国土史課

   調査課

   計画課

  防災部

   防災調査課

   交通調査課

   復興課

 

統合本部

 広報課

 信用課(空想信組)

  編成監督係

  決済係

  資産係

 厚生課(空想生協)

  庶務係

  補給係

  保健係

  企業局準備室

 図書課(空想図書館)

建設局

 防災部

  復興課

   東北復興係

   関東復興係

   九州復興係

 

【中央会議報】

 危機管理体制強化のため、情報局第三部及び建設局防災部を改組。

 

(委・中央会議)

趣味アカを越えて

 いよいよ、私の人生が再起動しつつある。この「人生の再起動」というテーマにおける具体的な行動は多岐にわたるが、少なくともインターネット上での行動においては、その最後の仕上げは「Twitterの政治アカウントへの復帰」ということになる。ずっとそれが最終目標として私の中で認識されており、それが正常に実現したことを以て「正常化」とすることは私の暗黙の了解事項であったのだ。

 

 そもそも私は西暦2012年にTwitterを始めた当初はどんなことでも平然と言及していたが、その後2014年春に突入した「最初の長期休止」を経て、2015年には「政治的言説への言及取り止め」を発表することとなった。何があったのかと言えば、直接的にはTwitterを通して知り合ったある人物にデモに誘われたことに始まる。別にそれ自体は良いのだが、しかしその人物が「近代国民国家という枠組みは失敗であったからイスラムの社会を最近勉強している」などという、まるでISあたりのジハード戦士のようなことを言い始めたことをはじめ、ちょうど盛り上がっていた安保法制についても別に喫緊のテーマというわけでもない「徴兵制導入反対」を掲げて反対運動を展開するなど、端的に言って暴走としか取れない行動があまりにも目立ち、これはもう付き合いきれないと思いその人物との関係は断ち切ることにしたのである。そしてそれはただその人物との関わりを絶つということに留まらず、当時私は明らかに猛烈な混乱状態にあったため、同時にTwitterのいわゆる政治クラスタとも距離を置こうと思ったのである。

 

 私が言うまでもなく、政治的言説のやっかいなところはデマゴーグが飛び交うことである。判断力の鈍った状態ではそのデマゴーグに飲まれてしまう。いかにしてデマゴーグに飲まれず冷静な判断力を維持するか。それが政治的言説への復帰における課題となる。

kotobank.jp

 その目標に向けて私は2度ほどTwitter上で勇み足をしてみたわけであるが(※1)、その結果よくわかったのはたとえ著名な学者であったとしても、インフルエンサーとは距離を置くべきだということであった。それを認識した私は再びTwitterを再構築すべく一旦休止し、全ツイート消去の上で3度目の再起動を果たすわけだが、それからしばらくは社虫太郎氏ら一部の知識人・専門家をフォローしつつも基本的には相変わらずの趣味アカウントとして運用することになった。それは私の趣味自体が昨今大きく変化し、旧来の交通趣味に商業開発(地理)と決済(金融)を加えた3本柱が中核に据えられる中で、新しい趣味である商業と決済の情報を収集する手段が必要とされ、結果的にその役目をTwitterが担うことになったためである。そしてそれは今ほとんど完成し、Twitterリスト8番のメンバーは109アカウントまで膨れ上がっている。先日は商業・決済趣味者からあきな氏を、交通趣味者からせきのりかず氏をフォローさせて頂いた(※2)が、これで当面は趣味者の新規フォローは打ち止めとするつもりである。

 

 そしてそうなるといよいよ、次は政治の話、ということになるわけだ。

 

※1 以下の2回

 1.2020年3月:多量のフォロワーを有するアカウントにおける「スルーしてもらうこと」への実験的行動

 2.2021年8月:無名の一般人のフォローを基本的に取りやめ、名のある学者等を集中的にフォローすることによる情報流入コントロールとその下での積極的行動の模索

※2 せきのりかず氏は旧アカウント以来2度目のフォローとなる。前回も今回も私からの片フォローであることが共通している

 

 それを考えるにはまず私の党派性を考える必要があるが、これは実に難問である。私は立憲民主党の支持者であるが、この党は野党第一党ではあるがしかし、その立ち位置は極めて微妙である。西暦2017年に結党されたこの党は(※3)、初代党首・枝野幸男からしてバリバリの右翼である【保守政党】であるはずだが、しかし実際には高い支持率を持つ自民党への対抗軸として左派系の知識人・インフルエンサーに過剰なまでに支持され、本来の党派性からは乖離した状態が長く続いている。

↑仰る通りなのだがしかし、2009年の政権交代選挙で旧民主党を支持したようなポピュリズム左派が多く支持層に流れ込み、それ故に本来の中道・反ポピュリズム的政策を打ち出すと「右傾化した」などと言われ猛烈な批判が巻き起こる、という状態が続いていることは否めないだろう。

 

※3 公式には2017年に結党された初代立憲民主党は2020年に解党され、初代国民民主党と合流して2代目立憲民主党が結党されたことになっているが、そんな風に見ている人はほとんどいないだろう。私も2017年に結党された立憲民主党が今なお連続して存続しているものと認識しており、この記事もそれを前提として記述する。

 

 そして党と同じく私もまた大変微妙な立ち位置である。私はそもそも「フランス革命省察」を著したエドマンド・バークのような最も旧来的な意味での保守主義者のつもりなのだが、同時にそのエドマンド・バークらの思想は次世代に受け継がれることなく死滅し、後に共産主義に反対し新自由主義を支持した”保守派”なるものとはほとんど無関係でもあると思っている。近代啓蒙主義が全世界を覆いつくした結果”保守”というものは実質空座になっており、また空座だからこそその時々の進歩主義者や、時にはメインストリームそのものとは違うと認識された人々、あるいはそれを批判した人々が”保守”なるカテゴリーに押し込まれたり自称したりしているに過ぎないのではないかと私は思っている。つまり、私が属すべきカテゴリーは「存在しない」というのが正しい認識というものだろう。

 それはそれで良いのだが、しかしだからこそ世界はすっかり袋小路に陥ってしまったように思われる。昨今世界を覆う閉塞感や終わらない戦争、実にどうでも良いことで時間を空費しあるべき改革がなされないというのも、結局はエドマンド・バークがかつて批判した急進的進歩主義が全世界を覆いつくし、啓蒙すべきフロンティアをなくしてもなお人類のほぼ唯一の思考の枠組みとして横たわり続けており、その脱構築がなされないが故のものなのではないか、と思われてならない。もちろん原因はそれだけではないが、それに起因する問題が極めて多いのではないか、と私には思われるのである。

 

 そして私の望みは、この地獄から脱却することである。

 

 そのために今の日本において必要なのは、第一に左派系知識人に学ぶことだと思っている。それは特に安倍政権以後の日本においては、作家の適菜収氏が指摘する通り「右翼=バカ」という図式がほぼ確立し、同時にまともな知識人はほぼすべからく左翼ということになったからである。少なくとも日本語のTwitterの中ではそうなったと言っても過言ではないだろう。そしてまた同時に必要なのは、その”日本左翼”と呼ぶべきものを批判的に解体し、その遺産を継承しつつ新しい日本左翼(日本リベラル)を創成することだろう。ここで言う「左翼」とはメインストリーム≒自民党的なものと対峙し、交代可能なものという意味である。そもそも私は全く批判や誤解を恐れずに言えば、従来の”日本左翼”とは今はもうほとんど廃れた過激な共産主義者らを除けば結局のところ、確かに目覚ましい発展を遂げつつも結局はまだまだ後進国でしかなかった戦後昭和の日本において、諸外国の情報をかいつまみつつ、情報網の未発達による人々の視野の狭さを原動力にして奇形的に膨れ上がった何かだと思っている。平和主義や自由・人権といった分野では見るものがある一方で、今なお日本共産党が論理的整合性を明らかに失ってでも固執する反公共事業のようなものは結局、高速交通網の発達が平成に入ってからとなり、欧米基準では軽便鉄道としか言いようのない旧国鉄線が基幹交通であり続けていた昭和の時代に、「これでもう日本は十二分に豊かになった」と錯覚した人々の亡霊のようなものだろう。それでは今、ようやく発達しつつある高速道路網・高速鉄道網に支えられた生活を送る今の若者達の支持を集めることができないことは明らかである。情報網の発達によりマクロ的視野に富むZ世代が、ヨーロッパではリベラル派に属して環境問題を訴えつつ日本では自民党支持に流れているのは概ねそういうことだろう。そしてまたそれがさらに過剰な”右傾化”の温床となる悪循環に陥っているものと思われる。この流れは食い止めなければならないが、しかしそれは旧来の”日本左翼”を復活させることではあり得ないのである。

 

 この時代にあって、その新しい日本左翼の糾合軸となるべき既成政党はと言えばやはり立憲民主党だろう。今私がそう思うことができるのは、それは家電量販店の専門家としてフォローさせていただいた昇り龍氏の功績である。

 

ポピュリズム左派とは明らかに一線を画すことがわかる主張・分析の例

 

同氏のツイートにより私はようやく、ポピュリズム左派とは一線を画す草の根の立憲民主党支持者を観測することができた。同時に私の望む左派再編の基軸となるべき人々は、彼ら草の根の左派であることも認識した。私は今後草の根の左派によりリスト7番を拡充し、その情報・言論収集を行うと同時に、私もまたこちらの分野においても今後は可能な限り積極的に発信していきたいと思う。

 

(委・委員長)

「勇気」を持ちたいものだ

 勇気と捨て鉢の違いになるほどと思う私。「勇気」を持ちたいものです。

 

(委・委員長)

再出発

 失った時間は取り戻せないというのは当たり前の話であるが、だからこそこの世で生きることは無理ゲーじゃないか、とも思う。

 

 私が困難なのは20歳の前後約10年という重要な時期を、謎の自分内対立によって空費してしまったことである。結局2020年までの私というのは一見すると常識的に社会活動を行っているように見えても実際には猛烈な対立と混乱の渦中にあったわけで、対外活動などというものは最低限の体裁を取り繕っていたに過ぎない。その状態で勉学に打ち込めるはずもなく、実際今の私の学識は中学生に毛が生えた程度のものであって、高校・大学で本来身に着けるべきだったものは何一つと言って良いほどに身についていない。何一つ、というのも語弊があるがそのように私は認識している。一方でこれで人生が終わったものとみなし、後は余生とするのも20代の今からでは残された人生が長すぎる。結局今からでも、何もかもやり直すしかないのである。私が2020年に至った一種の悟りというのはそういうものであり、これは言い換えれば常識人として生きることを諦め、私はどれだけ常識外れでエキセントリックになろうとも私であり続けるしかないのだということを受け入れたということであり、その選択は実に正しかったと今改めて思っているところである。

 

 「悟り」という言葉が出たが、実際今の私が至った境地というものは仏教の悟りに近いものだろう。私は他者からの承認ではなく自己承認で生きることとし、その象徴として今の私は私の見解がネット上で拡散することを全く求めていない。これは2022年中はまだ欲求を理性で押さえつけているところもあったが、今はもう本当に何も求めていないことは、実際に今私がTwitterで何らいいねもRTもされないツイートを連発していることからも明らかだろう。そしてまただからこそ、その中でも私のアカウントをフォローして下さる相互フォロワー諸氏からの反応を嬉しく思うのである。まさにこれこそが本来のSNSというものであろう。

 

 それは良いが、しかし残念なのは失った時間は取り戻せないことだ。一昨日私は久留里線に関するツイートを発信したが、これを呟きながら思ったのは「三江線留萌本線はこんなツイートも二度とできないのよな……」ということであった。岩泉線、十和田観光鉄道、気仙沼線大船渡線三江線日田彦山線札沼線日高本線留萌本線……これらはみな私が混乱していた最中に廃止になってしまった。混乱状態ではなく、今のこの落ち着いた状態であればこれらの路線に対しても何ができたであろうか……そう考えるとただ残念でならない。

 そしてまたこれはもう一度言及することになるが、今の私の学識は中学生レベルである。少なくとも私はそう思っている。猛烈な回り道の果ての今から、いったい何が取り戻せるか、そもそも取り戻さずに何ができるか。気の遠くなるような話でもあるのだが、とりあえず希望だけは絶やさないようにしているつもりである。

 

Wikipedia知識人であることを認めよう】

 

 実は今やっていることの一つに「Wikipedia知識人であることを認める」というものもある。これは文字通りの意味であり、つまり今の私の知識の大半がWikipediaによるものであることを認めよう、ということである。

↑こういうことはあえて堂々とやっているのである

 これは認めるも何も当たり前のことであるが、Twitter旧アカウントの時代にはこんなこともできなかった。どうしても「恥ずかしい」という気持ちがあり、また自らの知識のなさを私自身認めたくなかったのは否めない。とは言っても事実としてそうなのであるからこれは認めるしかない。最近はようやくこんなことも認めることができるようになってきたと思う。これもまた悟りであり、7日のツイートはまさに私が悟りに至ったことを物語っているのである。

 

(委・委員長)